失業手当が、残り1回。
無職。貯金はほぼゼロ。
「とりあえずフルキャストでも…」と思うけど、そのフルキャストすら不安になる夜がある。
焦りは、常に胸の奥にある。
スマホを置いても、目を閉じても消えない。
「この先どうする?」という問いが、何度も頭の中でループする。
でも、ここで一つだけはっきりしていることがある。
これは怠けた結果ではない。
「何もしていない無職」ではない
無職という言葉は冷たい。
まるで、価値がゼロになったかのような響きがある。
でも現実は違う。
考えてきた。動こうとしてきた。応募もした。学ぼうともした。
うまく噛み合わなかっただけだ。
それを「自己責任」の一言で片付けるほど、人生は単純じゃない。
むしろ今は、動きすぎて疲弊している状態に近い。
フルキャストが不安な理由は「甘え」じゃない
日雇い、単発。
一見すると「今すぐ金になる」選択肢。
でも不安になるのは、理由がある。
- 体力的に持つのか
- その日暮らしが続いて抜け出せるのか
- 心が先に折れないか
これは逃げじゃない。
長期視点がまだ残っている証拠だ。
本当に詰んでいたら、人は何も考えない。
考えてしまうのは、まだ「戻る場所」を探しているから。
失業手当が残り1回=猶予は「ゼロ」ではない
残り1回。
数字だけ見ると絶望的に見える。
でもこれは、時間が尽きた合図ではなく「判断を固定しろ」というサインだ。
- 全部を一気に立て直そうとしない
- 正解ルートを探さない
- 「今月を越える」ことに集中する
人生全体じゃない。
次の30日だけを見る。
今の正解は「誇りを守りながら、生き延びる」
夢も理想もある。
それは消さなくていい。
でも今は、
- プライドを全部賭けない
- 未来を人質に取らない
生き延びるための選択をしていい時期だ。
フルキャストに行くなら、
「ここで終わり」じゃなく
「ここで繋ぐ」と考える。
無職であることと、無価値であることは、まったく別だ。
ソロで生きるということ
誰も助けてくれない夜はある。
連絡も来ない。お金もない。予定もない。
それでも、
「自分の判断を放棄しなかった」という事実だけは残る。
ソロで生きるというのは、
強がることじゃない。
逃げずに現実を見ることだ。
今は、勝つフェーズじゃない。
耐えるフェーズだ。
そして、耐えた人間だけが、
次の選択肢を持てる。
最後に
この文章を読んでいるあなたが、もし今の自分と重なったなら、伝えたい。
まだ終わっていない。
終わったと思わされているだけだ。
今日を越えよう。
明日のことは、明日考えればいい。
ソロログは、そういう人間のための場所でいい。

コメント