買い物帰りの夕方。いつも通る道を歩きながら、何となくポケットを触った瞬間、心臓が一気に冷えた。
――鍵がない。
鍵の重みが指先に触れない感覚ほど、嫌な予感をくれるものはない。玄関に戻れない不安、見つからなかったらどうしようという焦り、誰かに拾われていたらという恐怖…いろんな感情が一気に押し寄せた。
レシートを確認し、買い物袋をひっくり返し、もう一度ポケットを探る。でも出てくるのはハンカチとスマホだけ。店員に聞いても届いていないと言う。
「え…どこで落としたんだ?」
少し汗ばんだ手でスマホを握りしめながら、歩いてきた道を逆走した。
道路沿いの歩道、電柱の影、コンビニの前、スーパーの入口。鍵が落ちていそうなところを一つずつチェックしたが、見つからない。
焦りはどんどん増していく。
「今日中に家に入れないんじゃないか…」
そんな最悪な想像が頭をよぎる。
途中、諦めて鍵屋を検索しかけたが、料金を見て即座にスマホを閉じた。
――やっぱり自力で探そう。
そこからの1時間は、長いようで短い、でも精神的にはかなり重い1時間だった。
ふとした瞬間、道路脇の花壇が目に入った。
「いや、さすがにそこには落とさないだろ…」
そう思いながらも、念のため覗いてみた。
花壇の土の上、土埃がついた銀色の光。
――あった。
指先で掴んだとき、膝から力が抜ける感覚がした。
たかが鍵一本。
されど鍵一本。
見つかった瞬間、胸の奥に溜め込んでいた不安が一気に流れ出して、深く息をつきたくなった。
まるで映画のワンシーンみたいに、ゆっくりと安堵が体を満たしていく。
「よかった…本当に、よかった…」
独り言が自然と漏れた。
冷静に考えると、花壇の横を通るときにポケットから滑り落ちたのだろう。財布とスマホを一緒に入れていたせいで、押し出されたのかもしれない。
人の動線から少し離れた位置だったのも幸いだった。誰にも拾われず、そこに残っていてくれた。
今回のことで学んだことが一つある。
「鍵は財布とは別の場所に入れる」
これだけで紛失リスクは格段に減る。
それに、ポケットに入れる時も深めに入れる。ジッパーがあるなら必ず閉める。
小さな工夫が、大きなトラブルを防ぐ。
ソロで生活するということは、トラブルのリカバリーも自分一人だ。
誰かにすぐ助けを求められる状況じゃないとき、自分の判断力と落ち着きがすべてになる。
今回の鍵紛失は、不安の時間も長かったけれど、自分で問題を解決したという実感も強かった。
帰り道の空気は、来たときとは違ってやけに軽く感じた。
鍵が見つかっただけなのに、世界が少し優しくなったように感じる――
そんな小さな幸せを噛み締めながら、家のドアを開けた。

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