新宿御苑の芝生の真ん中で、仰向けに寝そべっていた。
見上げた空は、雲がゆっくりと流れていて、都会の真ん中にいることを忘れそうになる。
高層ビルの谷間にある広い庭園。その真ん中で、地面に背中を預けると、不思議な安心感があった。
東京にいると、いつもどこか急いでいた。歩く速度、スマホの通知、仕事の期限、人の視線…。
いろんなものを背負っていた肩を、ふっと地面に置いた気分だった。
「ひとりで寝転ぶなんて変かな?」
最初はそんな考えが頭をよぎった。
周りを見ると、シートを広げてピクニックしているカップル、カメラを構える男性、外国人観光客。
それぞれが自分の時間を過ごしていて、誰も僕を気にしていない。
そのことに気付いた途端、胸の奥で小さなブレーキが外れた。
芝生は少しひんやりしていて、春の匂いがした。
横を通る人の笑う声が風に混ざって遠くなる。
葉が擦れる音、こどもの走る足音、飛び立つ鳥の羽ばたき。
日常では気にも留めなかった音が、今日はすべて心地よく聞こえた。
目を閉じると、なぜか恋のことを思い出した。
今は誰と付き合っているわけでもないけれど、
好きな人とこんな場所で寝転びながら話したら、どんな気持ちになるんだろう。
「次の春、もし誰かと来られたらいいな」
そんな未来を想像して、少しだけ笑った。
でも同時に思った。
今は、ひとりでここにいることが贅沢なんじゃないか、と。
周りはカップルや友達同士も多いけれど、
ひとりで空を見て、風の音を聞き、自分の呼吸だけに集中できる時間は、案外少ない。
誰かと来れば会話が生まれる。
でも今日は言葉はいらなかった。
ただ存在していればよかった。
芝生に寝転ぶと、普段より世界が広く見える。
自分がちっぽけだと気づくと同時に、
その小ささが心地よくなる瞬間がある。
「頑張らなきゃ」と思っている時ほど、
こういう余白が必要になるのかもしれない。
しばらくして上体を起こし、ペットボトルの水を飲んだ。
口に入る水の冷たさが、季節の輪郭をはっきりさせる。
見渡せば、木々の間を歩く恋人たち。
寄り添って写真を撮る二人。
笑いながらシートに寝転ぶ女性たち。
その風景はどれも温かかった。
羨ましい、と一瞬だけ思った。
でも次の瞬間、それでもいいと思えた。
ひとりの時間を楽しめる人は、
いつか誰かと過ごす時間をもっと大切にできる。
そう信じられたからだ。
帰り道、少しだけ足取りが軽かった。
特に何があったわけでもないのに、
心の奥の硬い部分がやわらかくなったような感覚。
あの日の新宿御苑は、ただの公園じゃなかった。
僕にとっては、自分の心と会話する場所だった。
またあの芝生に寝転びたい。
次は春でも、夏でも、冬の日だっていい。
一人で来てもいいし、誰かと来てもいい。
大切なのは、その時の気持ちに素直であることだ。
空を見上げるだけで救われる日がある。
新宿御苑の真ん中で寝そべっていた時間は、
そんな小さな幸せを思い出させてくれた。


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