今日は仕事終わりに、なんとなく家に帰りたくない気分だった。疲れているというより、心がざわついていて、あたまの中の音量が少し大きい感じ。こんな日こそ、ひとりでご飯を食べに行くことにした。誰かと一緒だと、会話に気を使うけれど、ひとり飯なら“自分のペース”を取り戻せる。
向かったのは、駅から少し離れた定食屋。夜でもそこそこ空いていて、カウンター席が多い。入店すると、店員さんが「どうぞ、こちらへ」とスッと案内してくれる。こういう無駄のない導線はひとり客にとってありがたい。席に座り、水を一口飲むと肩の力が少し抜けた。
注文したのは、焼き魚定食。脂が乗ったサバに、ご飯、味噌汁、小鉢。派手ではない、でも落ち着く組み合わせ。注文が届くまでの間、カウンターの向かい側の棚に並ぶ調味料をぼんやり眺める。テンションを上げるための派手な刺激はいらない。今求めているのは、静かで、整った時間。
料理が届いた瞬間、湯気と香ばしい香りに包まれる。まずは味噌汁を一口。やさしい塩分が喉に馴染み、体がホッとする。魚の皮を箸で割ると、パリっと音がして、脂が光る。噛むと、旨味がじんわり広がり、疲れが少し溶けた気がした。料理が美味しいと、心も整う。
周りを見ると、ひとり客が数人いる。スーツ姿で静かにご飯を食べる人、イヤホンで音楽を聴きながら黙々と口を動かす人、本を読みながらゆっくり進める人。それぞれが、それぞれの事情で、ひとり飯を選んでいる。知らない誰かが、同じ空間でひとりで頑張っていると、勝手に連帯感みたいなものが生まれる。
途中、ふとスマホを触ろうとしたけれど、やめた。画面の光は、せっかく整いかけた気持ちを壊してしまう気がして。代わりに、ゆっくり噛む音、味噌汁の湯気、魚の皮の香りに意識を向ける。こんな些細な時間が、心を再起動させるスイッチなのかもしれない。
焼き魚を食べ終わり、ご飯を少し残して“締め”として味噌汁をもう一度すすった。口の中がやさしい塩気で包まれ、食欲と心が同時に落ち着く。お腹が満たされると、心も不思議と整う。単純だけど、重要な事実。
食後、席を立つと身体が軽く感じた。心のざわつきが半分くらい薄まっている。美味しいご飯をひとりで食べる時間には、整理整頓みたいな効果がある。誰とも話さず、ゆっくり噛むだけで、ぐちゃぐちゃだった思考が静かに整列していく。
会計を済ませて外に出ると、夜風が頬に当たる。駅前の明かりが柔らかく光り、道行く人たちの足音が重なる。人が多い場所なのに、不思議と静かに感じる。お腹が満たされていると、景色の色まで変わって見える。
帰り道、コンビニで温かいお茶を一本買った。飲みながら歩くと、胃の奥が心地よく温まり、今日の選択が間違ってなかったと実感する。ひとり飯は“さみしい”じゃない。自分を扱う方法のひとつだ。
家に帰って服を脱ぎ、布団の上に座る。身体の重みが床に沈む感覚が心地よい。明日が忙しくても、今日ひとりで食べた晩ご飯が少しだけ背中を押してくれる。
また、静かな夜にひとりで食べに行こう。そんな日が、人生を少しずつ整えてくれる気がする。
────────────────────────
■ 今日の気づき
ひとり飯は、心の棚卸し。派手じゃなくていい、“整う料理”が一番強い。
────────────────────────
■ こんな人におすすめ
・静かに食べたい日がある人
・会話する余裕がない日
・心のざわざわを落ち着かせたい人


コメント