お盆が近づくと、駅や高速道路、空港のニュースをよく目にする。
「帰省ラッシュが始まりました。」
そんな言葉を聞くたびに、多くの人が実家へ帰る季節なのだと実感する。
一方で、私はここ数年、「お盆だから帰ろう」という気持ちにならない。
決して実家を嫌っているわけではない。
家族を憎んでいるわけでもない。
ただ、自分の生活や考え方が少しずつ変わり、「帰省すること」が毎年の恒例行事ではなくなってきた。
子どもの頃は当たり前だった
子どもの頃、お盆は特別な時間だった。
親戚が集まり、普段は会えない人と話をする。
食卓にはいつもより料理が並び、大人たちは昔話に花を咲かせる。
子どもだった私は、それが当たり前だと思っていた。
毎年同じように過ぎていく夏。
その風景は、長い間変わらなかった。
大人になると変わる
社会人になると、お盆の意味は少しずつ変わった。
仕事の都合。
休みの日数。
交通費。
混雑。
考えなければならないことが増えていく。
「帰りたい」よりも、
「どうしようかな」
と考える時間の方が長くなった。
帰省は義務なのか
日本では、お盆に実家へ帰ることが自然なこととして語られる。
もちろん、それを楽しみにしている人もいる。
家族との時間を大切にしたい人も多い。
それは素晴らしいことだと思う。
しかし一方で、「帰らなければいけない」と感じてしまう人もいるのではないだろうか。
私は、帰省は義務ではなく、自分で選ぶものだと思っている。
今の生活も大切
今の私は、自分の生活がある。
仕事。
日常のリズム。
ブログを書く時間。
一人で静かに過ごす休日。
それらも、自分にとっては大切な時間になっている。
だから、お盆だからといって必ず移動しなければならないとは思わない。
距離だけではない
実家までの距離だけが理由ではない。
年齢を重ねるにつれて、自分の居場所が少しずつ変わってきた。
今住んでいる場所で生活を築いている。
その感覚が強くなった。
実家は大切な場所だ。
しかし、今の生活もまた、自分の人生そのものなのである。
一人で過ごすお盆
人によっては寂しいと思うかもしれない。
しかし私は、一人で過ごす時間にも価値を感じている。
街が少し静かになる。
通勤の人が減る。
いつもの店が空いていることもある。
そんな空気を楽しむお盆も悪くない。
家族との距離感
家族との関係は、人それぞれ違う。
頻繁に連絡を取る人もいれば、そうでない人もいる。
どちらが正しいという話ではない。
大切なのは、自分にとって無理のない距離感を保つことだと思う。
会う回数だけで家族の大切さが決まるわけではない。
帰らない選択もあっていい
世の中には、「帰る人」の話題が多い。
だからこそ、「帰らない人」の存在は目立たない。
しかし、仕事の都合や家庭の事情、自分の考え方など、さまざまな理由で帰省しない人もいる。
その選択も尊重されるべきだと思う。
思い出は消えない
帰省しなくなったからといって、実家で過ごした思い出がなくなるわけではない。
子どもの頃のお盆。
親戚との会話。
夏の暑さ。
夕方の風景。
そうした記憶は今でも残っている。
だからこそ、無理に毎年同じことを繰り返さなくてもいいのではないかと思う。
自分らしい休日
お盆は、家族と過ごす人もいれば、一人で過ごす人もいる。
旅行へ行く人もいる。
仕事をする人もいる。
どれも間違いではない。
大切なのは、自分にとって納得できる時間を過ごすことだ。
ソロログとして残したいこと
この文章は、「帰省しない方がいい」と言いたいわけではない。
私自身が、今年のお盆について考えた記録である。
以前なら当然のように実家へ帰っていた。
しかし今は、その気持ちが自然と薄れている。
それも年齢や環境の変化の一つなのだろう。
まとめ
お盆になると、多くの人が実家へ帰る。
その一方で、私は今年も帰省する気にはならなかった。
理由は一つではない。
今の生活を大切にしたいという思いもあるし、自分の時間を静かに過ごしたい気持ちもある。
帰省することも、一人で過ごすことも、それぞれの人生の選択だ。
私は今年、自分の生活を優先することを選んだ。
そんな何気ない心の変化も、ソロログとして残しておきたいと思った。
数年後に読み返したとき、「あの頃の自分はこんなことを考えていたのか」と振り返るきっかけになるかもしれない。
だから今日も、自分の気持ちをそのまま記録しておく。


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