ブログを始めた頃、「100記事書けば何か変わる」という言葉をよく見かける。
100記事。
最初は、とてつもなく多く感じる。
ところが100記事を超えると、次は300記事、500記事、1000記事という数字が見えてくる。
では、さらにその先。
ブログを1万記事書いたら人生は変わるのだろうか?
1日1記事なら約27年。1日3記事でも約9年。1日10記事なら1000日、約2年9か月だ。
1万記事という数字は、普通に考えればかなり遠い。
それでも毎日積み重ねれば、理論上は到達できる。
今回はアクセス数や収益だけではなく、1万記事を書いた人間そのものがどう変わるのかを考えてみたい。
最初の10記事は何を書けばいいか分からない
ブログを始めたばかりの頃は、一つの記事を書くにも時間がかかる。
タイトルはこれでいいのか。
見出しはいくつ必要なのか。
何文字書けばいいのか。
画像はどうするのか。
カテゴリーはどこに入れるのか。
公開ボタンを押して大丈夫なのか。
記事の内容より、ブログを書くという作業そのものに慣れていない。
だから1000文字の記事でも大仕事になる。
それでも10記事、20記事と公開していく。
この時期に重要なのは、完成度より**「公開した」という経験**なのだと思う。
100記事でブログを書くことが普通になる
100記事くらいになると、少し景色が変わってくる。
タイトルを決める。
構成を考える。
本文を書く。
画像を入れる。
カテゴリーを設定する。
公開する。
この一連の作業が少しずつ習慣になる。
最初は3時間かかっていた記事が、内容によっては1時間程度で書けるようになるかもしれない。
そして過去の記事を見ると、
「これは書き直したいな」
と思うものも出てくる。
それは悪いことではない。
昔の記事が下手に見えるのは、自分が成長した証拠でもある。
1000記事で「ネタがない」が変わる
1000記事も書こうとすると、最大の問題はネタになる。
「そんなに書くことある?」
と思う。
しかし不思議なもので、記事を書き続けるほど日常を見る目が変わってくる。
一人でご飯を食べた。
電車で知らない駅まで行った。
仕事で失敗した。
新しいアプリを使った。
スーパーで買い物をした。
昔のことを思い出した。
普通なら、そのまま消えていく出来事だ。
ブログを書く習慣があると、
「これ、記事になるかもしれない」
と考えるようになる。
特別な人生だから記事が書けるのではない。
普通の日常からテーマを見つける能力が上がっていく。
1000記事の大きな変化は、ここかもしれない。
3000記事になると「点」が「線」になる
記事数が3000本になると、単独の記事よりサイト全体のつながりが重要になってくる。
例えば「一人暮らし」という記事を書く。
そこから、
一人飯。
一人外食。
節約。
仕事。
休日。
孤独。
老後。
東京生活。
いくらでもテーマを広げられる。
そして記事同士を内部リンクでつなぐ。
昨日書いた記事が、半年前の記事につながる。
新しい記事から3年前の記事が読まれる。
この状態になると、一つの記事が単独で存在しているのではなくなる。
3000個の点が、少しずつ大きな網になっていく。
これがブログの面白さだと思う。
5000記事で自分の「得意分野」が見えてくる
5000記事も書けば、すべての記事が同じように読まれることはないだろう。
ほとんどアクセスがない記事。
少しずつ読まれる記事。
検索から毎日人が来る記事。
突然伸びる記事。
何年経っても読まれる記事。
いろいろ出てくる。
そこで初めて、
「自分はこのテーマが強いのか」
と分かることもある。
最初から完璧なジャンルを決めなくてもいい。
大量に書いた結果から、自分の強みを逆算できる。
これは5000記事という大量の試行錯誤が生み出すデータだ。
1万記事あっても全記事が成功するわけではない
ここは重要だ。
1万記事=成功ではない。
1万記事を書いても、検索需要がほとんどない記事ばかりならアクセスは増えにくい。
似た内容の記事を大量に作れば、サイト内でテーマが重複する可能性もある。
読者に役立たない記事を数だけ増やしても意味は薄い。
だから途中から、
「何本書いたか」
だけではなく、
「何本読まれているか」
を見る必要が出てくる。
1000記事を書いたら、次の1000記事を書く。
それだけではない。
過去記事を直す。
不要な記事を整理する。
似た記事をまとめる。
内部リンクを改善する。
読者が次に知りたいことを考える。
量を積み上げながら質を上げる。
1万記事を目指すなら、この両方が必要になる。
それでも1万回の試行錯誤は強い
1万記事すべてが成功しなくても、1万回試した経験は残る。
タイトルを1万回考える。
記事構成を1万回考える。
読者が何を知りたいのか1万回考える。
公開して結果を見る。
失敗する。
修正する。
また書く。
これを繰り返した人と、10記事でやめた人では経験量が大きく違う。
ブログだけではない。
文章を書く力。
情報を整理する力。
企画する力。
数字を見る力。
継続する力。
失敗しても次へ進む力。
こうした能力も少しずつ積み上がっていく。
1万記事は「資産」になるのか
ブログ記事を資産と呼ぶことがある。
確かに、過去に書いた記事が検索され続ければ、自分が寝ている時間にも誰かが読んでくれる。
しかし、すべての記事が永久に価値を持つわけではない。
情報が古くなる記事もある。
検索されなくなる記事もある。
だから私は、1万記事そのものよりも、
「1万記事を書ける仕組みを作ったこと」
のほうが大きな資産だと思う。
ネタを見つける。
書く。
公開する。
分析する。
直す。
また次を書く。
この仕組みを何年も回せる人なら、ブログ以外のことを始めても強い。
人生が変わるのは1万記事目ではない
もし本当に1万記事を達成したとしても、その日に突然人生が変わるわけではないだろう。
9999記事から1万記事になった瞬間、アクセスが10倍になるわけでもない。
収入が突然増えるわけでもない。
人生が変わるとしたら、その途中だ。
初めて検索から人が来た日。
初めて記事が誰かの役に立った日。
100記事を超えた日。
1000記事を書いた日。
アクセスが落ちて、それでも書いた日。
誰にも読まれない記事を公開した日。
そして翌日、また記事を書いた日。
そうした小さな変化が何千回も積み重なっていく。
1万記事を書いた先に残るもの
ブログを1万記事書いたら人生は変わるのか。
答えは、変わる可能性は十分ある。でも1万という数字そのものが人生を変えるわけではない、だと思う。
アクセスが増えるかもしれない。
収益が生まれるかもしれない。
仕事につながるかもしれない。
サイトそのものに価値が生まれるかもしれない。
しかし、それ以上に大きいのは、
「自分は1万回続けた」
という事実ではないだろうか。
何度アクセスが落ちても。
何度記事が読まれなくても。
何度「もう書くことがない」と思っても。
それでも次の記事を書く。
1万記事というのは、1万個の成功ではない。
1万回の挑戦の記録だ。
そして1万記事目を公開した翌日。
おそらく考えることは、それほど特別ではない。
「さて、次は何を書こう。」
そう思えたとしたら、その時点ですでに、ブログを始める前とは違う人生を歩いているのだと思う。


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