サム・アルトマンを超えられるかな?|50代から世界を目指して考えたこと

Solo Life Design|ひとり人生設計

「サム・アルトマンを超えられるかな?」

普通に考えれば、かなり無茶な話だと思う。

OpenAIを率い、生成AIという巨大な変化の中心にいる人物。世界中の企業や投資家、エンジニアから注目され、AIの未来そのものを左右するような仕事をしている。

そんな人物を見ながら、僕は東京の部屋で一人、パソコンに向かっている。

やっていることはブログを書くことだ。

Solo Logの記事を書き、SoloEatの記事を考え、AIを使ったサイトのアイデアを練る。

規模だけ比べれば、とても勝負にならない。

それでも、ときどき考えてしまう。

「ここから、とんでもないところまで行けないだろうか?」

今日はそんな妄想に近い話を、あえて真面目に書いてみる。

サム・アルトマンと今の僕ではスタート地点が違いすぎる

まず現実を見る。

世界的なAI企業を率いる人と、個人でサイトを作っている僕では、持っているものがまったく違う。

資金、人材、知名度、技術者とのネットワーク、投資家とのつながり。

何を比べても圧倒的な差がある。

だから、

「数年頑張ればサム・アルトマンを超えられる」

なんて簡単には言えない。

むしろ、そう考えるほうが危険だと思う。

大きな夢を持つことと、現実を無視することは違う。

僕には僕の現在地がある。

一人で考え、一人で記事を書き、一人で試している。

今はそこからだ。

でも、不思議なことに、この「一人」という状態を以前ほど悪いものだとは思わなくなった。

一人だから、小さな実験を大量にできる

会社だったら、新しいことを始めるにも会議が必要になる。

企画書を作り、予算を取り、人を集める。

個人にはそんなものはない。

思いついたら、その日のうちに試せる。

記事タイトルを思いつけば書く。

新しいカテゴリーを思いつけば作る。

失敗したら消す。

反応があれば伸ばす。

これはかなり強い。

もちろん、一つ一つの実験は小さい。

しかし、AIが使える時代になって、小さな個人ができる実験の量は昔とは比較にならないほど増えた。

文章、画像、分析、プログラム、企画。

以前なら何人もの専門家が必要だったことの一部を、一人でも試せるようになった。

だったら僕が考えるべきなのは、

「サム・アルトマンに勝てるか?」

ではないのかもしれない。

「今日、自分の実験を一つ増やせるか?」

こっちのほうが重要だ。

Solo Logは小さすぎる。でもゼロではない

僕が考えている「ソロログ経済圏」も、現時点では構想にすぎない。

生活、食事、仕事、挑戦、失敗、孤独、AI。

一人の生活から生まれる情報を記録して、それをサイトやサービスにつなげていく。

言葉だけなら巨大な構想にできる。

世界展開。

AIサービス。

プラットフォーム。

上場。

時価総額何兆円。

いくらでも数字は大きくできる。

しかし、大きな数字を書くだけでは会社は大きくならない。

必要なのは、

「誰が使うのか」

「何の問題を解決するのか」

「なぜお金を払ってくれるのか」

という地味な部分だ。

ここを飛ばしたら、経済圏にはならない。

だから最近は、巨大な未来を想像すると同時に、もっと小さな数字も大切だと思っている。

最初の1人。

最初の100PV。

最初の1,000円。

最初のリピーター。

最初の「これ便利ですね」という声。

巨大企業だって、最初から巨大だったわけではない。

僕にも、ゼロから1を作るところだけは挑戦できる。

「超える」の意味を変えてみる

そもそも、サム・アルトマンを超えるとは何だろう。

資産だろうか。

会社の時価総額だろうか。

世界への影響力だろうか。

AI技術だろうか。

全部で勝とうとしたら、とてつもなく難しい。

でも、自分が作る分野で世界一になるという考え方なら少し違ってくる。

僕がOpenAIと同じものを作る必要はない。

同じAIモデルを作って競争する必要もない。

自分だから気づける問題を探せばいい。

一人暮らし。

50代からの挑戦。

孤独。

仕事。

食事。

人生の立て直し。

個人がAIを使ってどこまで行けるか。

こういうテーマは、自分自身の生活がそのまま実験になる。

ここには巨大企業とは違う戦い方がある。

50代という年齢について

年齢のことも考える。

20代なら「これから30年ある」と考えられる。

50代になると、同じ感覚ではいられない。

だから焦ることもある。

もっと早く始めていたら。

30代で起業していたら。

40代でAIに出会っていたら。

そんなことを考えても時間は戻らない。

だったら残っている時間の密度を上げるしかない。

1年で100回試す。

失敗したら次へ行く。

当たったものに集中する。

AIを徹底的に使う。

一人でできなくなったら人と組む。

会社にする必要が出たら会社にする。

順番に進めばいい。

53歳から世界的な企業を作れる保証なんてどこにもない。

成功確率を数字で出すこともできない。

ただし、今日何もしなければ可能性はほぼ増えない。

今日一つ作れば、ほんの少しだけ未来が変わる。

僕にできるのはその積み重ねだ。

ブログの先に何を作るか

そして、ここが一番重要だと思っている。

ブログだけで終わるのか。

それともブログを入口にするのか。

記事を増やすだけなら、巨大テクノロジー企業とはまったく違う道だ。

しかし記事からユーザーの悩みを知り、その悩みを解決するAIツールやサービスを作るなら話は変わってくる。

たとえば100本の記事を書く。

アクセスされた記事を分析する。

何度も検索される悩みを見つける。

その悩みを自動で解決する小さなサービスを作る。

10人に使ってもらう。

改善する。

100人に増やす。

有料化する。

海外版を作る。

こう考えると、ブログは単なる文章ではなく市場調査にもなる。

Solo Logに書いている毎日の記録さえ、将来のサービスを見つけるためのデータになる可能性がある。

そこまで行けば面白い。

サム・アルトマンを超えられるかな?

結論は、

分からない。

今の僕から見れば、途方もなく遠い。

「絶対に超えられる」と言ったら根拠がない。

でも、

「50代だから絶対に無理」

とも決めたくない。

サム・アルトマンを毎日意識する必要もないと思う。

見るべきなのは昨日の自分だ。

昨日より記事が一つ増えたか。

昨日よりサイトが少し良くなったか。

昨日よりAIを使えるようになったか。

昨日よりユーザーの悩みを理解できたか。

そして、いつかブログの外にサービスを一つ作れたか。

その積み重ねの先に会社がある。

会社の先に経済圏があるかもしれない。

今日も一人で続ける

世界的な経営者と自分を比べると、あまりにも差が大きい。

でも僕は、今日もパソコンを開く。

記事を書く。

失敗する。

直す。

また思いつく。

また作る。

今はそれでいい。

「サム・アルトマンを超える」という言葉は、未来を保証する予言ではない。

自分を動かすための、とんでもなく高い目標だ。

10年後、本当に世界企業を作っているかもしれない。

普通の個人ブログを続けているかもしれない。

途中でまったく違う事業を始めているかもしれない。

未来は分からない。

だから面白い。

今日の僕にできることは小さい。

それでもゼロではない。

サム・アルトマンを超えられるかな?

まだ分からない。

でも、その答えを知るためには、続けるしかない。

そして今日もまた、一人で一つ作る。

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