Googleマップを見ながら2時間歩くと道に強くなる?

Solo Actions|ひとり行動ログ

最近、東京の街を長時間歩くことがある。

電車ならそれほど時間がかからない場所でも、あえて歩いて移動してみる。

そんなときに欠かせないのがGoogleマップだ。

目的地を入力して、現在地を確認しながら歩く。

最初は単純に「迷わず目的地へ着くため」に使っていた。

ところが何度か長時間歩いているうちに、少し違うことに気づいた。

Googleマップを見ながら2時間くらい歩くと、以前より道に強くなっている気がする。

これは単なる気のせいなのだろうか。

今回は、Googleマップを使いながら長時間歩くことで、街の地理感覚がどう変わるのか考えてみたい。

電車移動では街と街が「点」になりやすい

東京では電車が便利だ。

駅から駅へ短時間で移動できる。

しかし便利すぎるからこそ、街同士の位置関係が分からないこともある。

例えばA駅からB駅まで電車で移動する。

地下鉄なら地下を走るので、途中の街並みはほとんど見えない。

数分後には別の駅へ到着する。

頭の中には、

A駅。

B駅。

という二つの点だけが残る。

その間に何があるのかは分からない。

ところが歩くと違う。

A駅からB駅までの間に、

大きな交差点がある。

商店街がある。

川を渡る。

大きな道路と交差する。

坂道がある。

別の駅の近くを通る。

こうした情報が次々に入ってくる。

地図上の二つの点が一本の線としてつながっていく。

これが徒歩移動の面白いところだと思う。

Googleマップを見るだけでは覚えにくい

もちろん、自宅でGoogleマップを見るだけでも地理は勉強できる。

しかし、画面だけを見ていると意外と忘れる。

「この道をまっすぐ行けば、この街に出るのか」

と思っても、数日後には忘れていることがある。

実際に歩くと記憶の残り方が違う。

「この交差点で右へ曲がった」

「ここから急に道が広くなった」

「この坂が思ったより長かった」

「ここで一度Googleマップを確認した」

といった経験が加わる。

地図情報だけではなく、自分の行動と一緒に記憶される。

これが道を覚えやすくする理由の一つなのかもしれない。

2時間歩くと何度も現在地を確認する

10分程度の徒歩なら、Googleマップを最初に確認して、そのまま目的地まで行けることも多い。

しかし2時間となるとそうはいかない。

途中で何度もスマホを見る。

「今どこまで来た?」

「次はどこで曲がる?」

「この大通りで合っている?」

「あと何キロくらい?」

こうした確認を繰り返す。

これが結果的に地図を見る練習になる。

最初はGoogleマップの青い現在地だけを追いかけていたのに、だんだん周辺の道路まで見るようになる。

そして、

「この大通りをずっと進めばいい」

という大きなルートが見えてくる。

細かい道順を全部覚える必要がなくなる。

大通りを覚えると急に分かりやすくなる

長時間歩いていて特に感じるのが、大きな道路の重要性だ。

知らない街では細い道を一本一本覚えるのは難しい。

しかし大通りなら覚えやすい。

一度歩いた大通りを別の日にも通ると、

「あ、この道につながった」

という瞬間がある。

これがかなり面白い。

以前は別々の場所だと思っていた二つの地域が、自分の頭の中で突然つながる。

一度この感覚を経験すると、街を見る方法が少し変わる。

駅を中心に考えるのではなく、

道路を中心に街を見るようになる。

「北へ進んでいる」という感覚も出てくる

Googleマップを使い始めた頃は、

右へ曲がる。

左へ曲がる。

という見方をしがちだった。

しかし長距離を歩いていると、

「今は北方向へ進んでいる」

「目的地はここから西側にある」

という方向も少しずつ意識するようになる。

これができると、多少ルートを外れても不安になりにくい。

「方向としては合っている」

と分かるからだ。

もちろん知らない場所ではGoogleマップを確認する。

ただ、以前のように数十メートルごとに画面を確認しなくても歩ける区間が増えてくる。

これも「道に強くなった」と感じる理由だと思う。

間違えた道のほうが覚えていることもある

面白いのは、正しい道より間違えた道のほうが記憶に残る場合があることだ。

曲がる場所を一つ間違える。

しばらく歩いて、

「何かおかしい」

と気づく。

Googleマップを見る。

少し戻る。

この経験をすると、その交差点はかなり覚える。

次に同じ場所へ来たとき、

「前回ここで間違えた」

と思い出す。

迷うこと自体は面倒だが、道を覚えるという意味では必ずしも無駄ではない。

2時間歩けば全部覚えられるわけではない

もちろん、一度2時間歩いただけで東京の道に詳しくなるわけではない。

一回しか通っていない細い道はすぐ忘れる。

夜と昼でも街の印象は変わる。

反対方向から歩くと、同じ道路なのに別の場所のように感じることもある。

だから、

2時間歩けば道に強くなる

と単純には言えない。

正確には、

長時間歩きながら地図と実際の風景を何度も照合することで、少しずつ地理感覚が育つ

という感じだと思う。

同じ道を二度歩くとさらに分かる

一回目はGoogleマップを見ることに必死だ。

目的地へ到着するだけで精いっぱいになる。

ところが二回目は余裕が出る。

「次に大きな交差点がある」

「この先で別の大通りと交差する」

と予測できる。

予測した場所が実際に現れると、記憶がさらに強くなる。

三回目になると、スマホを見る回数そのものが減るかもしれない。

こうして少しずつ「自分の知っている道」が増えていく。

電車では分からなかった距離感も分かる

徒歩にはもう一つメリットがある。

距離感が分かることだ。

電車で2駅と聞くと近く感じる。

しかし歩いてみると意外と遠いことがある。

逆に、

「かなり離れていると思っていたのに、歩いたら意外と近かった」

という場所もある。

この感覚はGoogleマップの数字だけでは分かりにくい。

自分の足で歩くことで、

30分ならこのくらい。

1時間ならここまで行ける。

2時間ならこのくらい離れた場所まで行ける。

という自分なりの距離感ができてくる。

Googleマップ依存でも道に強くなれる?

「Googleマップばかり見ていたら、逆に道を覚えないのでは?」

とも思う。

確かに、画面の指示だけを見て歩けば覚えにくいかもしれない。

だから私は、現在地だけでなく周囲も見ることが大事だと思う。

大通りの名前。

交差点。

駅。

川。

橋。

目立つ建物。

こうしたものと地図を結びつける。

Googleマップを「答え」として使うのではなく、実際の街と照合する地図として使う。

そうすると、便利なナビであると同時に地理を覚える道具にもなる。

まとめ|2時間歩くと「点」が「線」になっていく

Googleマップを見ながら2時間歩いたからといって、突然方向音痴が直るわけではない。

それでも長時間歩く経験を重ねると、少しずつ変化はあると思う。

駅と駅の間に何があるか分かる。

大通りの位置を覚える。

街同士がどこでつながっているか分かる。

自分が東西南北のどちらへ進んでいるか意識する。

そして以前歩いた道に再び出会う。

そのたびに、頭の中の地図が少しずつ広がっていく。

電車では「点」だった東京の街が、歩くことで「線」になる。

さらに何本もの線がつながれば、やがて「面」になる。

Googleマップを見ながら2時間歩くことは、単なる移動ではないのかもしれない。

自分の足で、頭の中に地図を作っていく時間でもある。

次に知らない場所へ行くときも、電車だけでなく、時間があれば少し歩いてみたい。

また一つ、頭の中の東京がつながるかもしれない。

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