環七通りを歩いて感じた東京の広さ|53歳で歩いて初めて見えた街のつながり

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東京に住んでいると、電車で移動することが多い。

新宿、池袋、渋谷、練馬、中野。

駅名は知っていても、その街と街の間に何があるのかは意外と知らない。

私も東京で生活するようになってから、基本的には駅を中心に場所を考えていた。

しかし最近、東京を歩くことが増えた。

その中でも印象に残ったのが、環七通りを歩いたことだ。

環七通りという名前は知っていた。

車で走る大きな道路というイメージもあった。

ところが実際に自分の足で歩いてみると、これまでとは違う東京が見えてきた。

一番強く感じたのは、

「東京って、本当に広いんだな」

ということだった。

今回は、53歳の私が環七通りを歩いて感じたことを記録してみたい。

これは環七通りの完全攻略ガイドではない。

一人で東京を歩いてみた、個人的な徒歩記録である。

1.電車に乗っていると東京の広さが分からない

東京の電車は便利だ。

駅へ行って電車に乗れば、かなり離れた街にも短時間で移動できる。

その便利さに慣れていると、東京の実際の距離感が分からなくなってくる。

電車なら、

「次の駅」

「あと3駅」

という感覚で考える。

しかし歩いてみると違う。

電車ならあっという間に移動するような距離でも、自分の足ならかなり時間がかかる。

一つの街を抜けても、まだ道路は続いている。

さらに歩いても、また次の街がある。

環七通りを歩いていると、この感覚が何度もやってくる。

東京は駅の集合体ではなく、巨大な街がずっと連続している。

歩いたことで、それを実感した。

2.環七通りは「一本の道路」という感覚ではなかった

地図を見ると、道路は一本の線で表示される。

そのため、歩く前はもっと単純なものを想像していた。

道路があって、その横の歩道をひたすら歩く。

確かに基本的にはそうなのだが、実際に歩くと印象は違った。

交差点がある。

住宅街がある。

店がある。

車が大量に走っている場所もある。

少し落ち着いて感じる場所もある。

同じ環七通り沿いでも、周囲の雰囲気は少しずつ変化する。

地図上では同じ一本の線でも、現実には無数の街がつながっている。

徒歩だから、その変化をゆっくり確認できた。

3.歩いても歩いても東京が終わらない

環七通りを歩いて特に印象的だったのが、

歩いても東京の街が続いていることだった。

しばらく歩けば大きな街を抜ける。

しかし、その先にも建物がある。

住宅がある。

コンビニがある。

飲食店がある。

また交差点が現れる。

地方で長距離を歩く場合、中心部を離れると建物が少なくなっていく場所もある。

東京の場合は、歩いても歩いても都市が続く感覚が強い。

もちろん場所によって景色は違う。

それでも「街が終わらない」という感覚は、実際に長時間歩いたからこそ強く感じた。

4.東京は「点」ではなく「線」で見ると面白い

以前の私は、東京を駅単位で考えることが多かった。

中野。

高円寺。

練馬。

新宿。

それぞれが頭の中で別々の場所になっていた。

しかし徒歩移動を始めると、それが少し変わってくる。

ある場所から歩き始めて、知らない街を通過し、知っている場所へ出る。

すると、

「ここからここにつながっていたのか」

という発見がある。

これは小さなことだが面白い。

点だった場所が一本の線になる。

さらに別の日に違う道を歩けば、その線と線がつながる。

歩けば歩くほど、頭の中に東京の地図ができていくような感覚がある。

5.大通りを歩くと東京の生活圏が見えてくる

環七通りは観光地を巡る散歩とは少し違う。

有名な建物を見ることだけが目的ではない。

むしろ普通の東京が見える。

スーパー。

コンビニ。

飲食店。

マンション。

住宅。

ガソリンスタンド。

配送関係の施設。

交差点を渡る人。

自転車で移動する人。

車で仕事をしている人。

そういう日常の景色が続いている。

東京というと新宿や渋谷の巨大なビル群を想像しやすい。

しかし、実際にはそこで暮らしている人たちの生活圏が広大に広がっている。

環七通りを歩くことで、観光地とは違う東京を見ることができた。

6.車で通る道路と徒歩で見る道路は別物だった

環七通りは車のイメージが強い。

しかし徒歩で進むと、道路に対する感じ方も変わる。

車なら短時間で通過する区間でも、徒歩なら何十分もかかる。

信号で止まる。

交差点を渡る。

少し疲れて休憩する。

気になる店があれば見る。

そうやって進んでいく。

つまり同じ道路でも、移動手段によって体験する時間がまったく違う。

車から見れば一瞬の景色でも、歩いている人間にとっては長い区間になる。

道路の本当の長さを身体で感じる。

これも徒歩の面白さだと思う。

7.53歳になると「休むこと」も重要だった

私は53歳だ。

長距離を歩くと、当然疲れる。

若いころと同じ感覚で、

「まだ行ける」

と無理をする必要はないと思っている。

疲れたら止まる。

水分を取る。

座れる場所があれば休む。

足に違和感があればペースを落とす。

そして、本当にきつければそこで終了する。

長距離徒歩というと、「何km歩いた」「完歩した」という結果を重視したくなる。

しかし50代で続けるなら、完歩よりも安全に帰宅する方が重要だ。

環七通りを歩くことも競技ではない。

自分のペースで東京を見るための時間だと考えるようになった。

8.コンビニのありがたさがよく分かる

東京を長時間歩いていると、コンビニが非常にありがたい。

飲み物を買える。

食べ物も買える。

少し立ち止まって次のルートを確認できる。

必要なものが出てきても対応しやすい。

普通に生活していると、コンビニがあることを当たり前に感じてしまう。

しかし何時間も歩いていると、

「ここにコンビニがあって助かった」

と思う場面が出てくる。

徒歩で街を見ると、普段何気なく使っている施設の便利さにも気づく。

9.疲れたら電車で帰れる安心感がある

東京徒歩の大きなメリットは、途中離脱しやすいことだ。

長距離を歩くからといって、必ず最後まで歩く必要はない。

疲れた。

足が痛い。

暗くなってきた。

天気が悪くなった。

そんなときは、近くの駅を探して電車で帰ればいい。

最初からこの選択肢を持っていると、かなり気持ちが楽になる。

「今日は1時間だけ」

でもいい。

「行けるところまで」

でもいい。

東京には鉄道網があるので、徒歩と電車を組み合わせられる。

これは東京で長距離散歩をする大きなメリットだと感じている。

10.歩くと自分の生活圏まで広がっていく

歩く前は、普段利用する駅の周辺が自分の生活圏だった。

しかし歩くようになると、

「ここも歩いて来られる」

という場所が増えていく。

すると心理的な距離まで短くなる。

以前なら、

「遠いから電車で行く場所」

だったところが、

「時間があれば歩ける場所」

に変わる。

これは意外と大きな変化だった。

行動できる範囲が広がったように感じるからだ。

もちろん実際の距離が短くなったわけではない。

変わったのは、自分の中にある距離感だ。

11.速く移動するだけでは見えない東京がある

電車なら目的地へ速く着く。

これは圧倒的に便利だ。

しかし、速く移動するほど途中の街は見えなくなる。

徒歩は逆だ。

時間がかかる。

疲れる。

効率も悪い。

その代わり、途中が全部見える。

知らなかった店を見つける。

知らない交差点を渡る。

住宅街の雰囲気を見る。

そして知っている場所へ突然つながる。

目的地だけではなく、途中そのものが体験になる。

これが最近、私が長距離を歩いていて面白いと感じる部分だ。

12.環七通りを全部歩いてみたくなった

今回歩いてみて、さらに興味が出てきた。

環七通りはまだまだ続いている。

だったら、

「いつか環七通りをもっと長く歩いてみたい」

と思うようになった。

一日で全部歩こうとする必要はない。

今日はここまで。

次回はその続き。

そんな形でもいい。

何回かに分けて歩けば、それ自体が一つの記録になる。

スタート地点、歩いた時間、歩数、休憩した場所、その日に感じたこと。

毎回残していけば、単なる散歩ではなく、自分だけの東京徒歩記録になる。

まとめ|環七通りを歩くと東京の大きさを身体で感じる

環七通りを歩いて一番感じたのは、やはり東京の広さだった。

電車なら簡単に移動できる場所でも、自分の足で進めば長い。

一つの街を抜けても、また次の街がある。

そして、その先にも東京が続いている。

地図で東京を見るだけでは、この感覚はなかなか分からなかった。

53歳になってから、東京を長い距離歩くようになるとは以前は考えていなかった。

しかし歩いてみると、東京は目的地だけを見るより、途中を見る方が面白いこともある。

速く着く必要がない日なら、あえて歩いてみる。

疲れたら休む。

無理なら電車で帰る。

それくらいでいい。

環七通りを歩いて分かったのは、東京が広いということだけではない。

これまで駅と駅でしか見ていなかった東京が、本当はすべて地続きでつながっているということだった。

次はどこまで歩けるだろう。

そう考えるようになっただけでも、私にとって環七通りを歩いた意味は大きかった。

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