山手通りを南へ行けるところまで歩いてみる|ゴールを決めない東京ひとり歩き

Solo Actions|ひとり行動ログ

山手通りを歩いていると、ときどき思う。

「このまま南へ歩き続けたら、どこまで行けるのだろう」

普段の移動なら、目的地を先に決める。

駅まで歩いて電車に乗り、目的の駅で降りる。

しかし今回は逆だ。

目的地を決めない。

山手通りを南へ向かう。

そして、自分が「今日はここまで」と思ったところをゴールにする。

何km歩かなければならないというルールもない。

特別な観光地を目指すわけでもない。

ただ一人で、行けるところまで歩いてみる。

そんな東京ひとり歩きをやってみたい。

スタート地点より「南へ行く」が重要

今回のルールは非常に単純だ。

山手通りへ出る。

南方向を確認する。

あとは基本的に道に沿って歩く。

途中で多少ルートを外れてもいい。

コンビニへ行ってもいい。

腹が減ったら店に入ってもいい。

公園やベンチがあれば休む。

そして疲れたら終了。

長距離歩行というと、「20km歩く」「○○まで歩く」のようにゴールを設定したくなる。

しかし今回は、それをしない。

自分の足がゴールを決める。

これも一人だからできる遊び方だ。

東京は電車だと近く感じる

東京で暮らしていると、距離感がおかしくなることがある。

電車なら数駅先まで簡単に行ける。

乗ってしまえば十数分という場所も多い。

そのため、

「意外と近いな」

と思ってしまう。

しかし実際に歩いてみると違う。

駅一つ分でも、それなりの距離がある。

さらに駅と駅の間には、住宅、店、会社、学校、交差点などが続いている。

電車では数分で通過していた場所を、自分の足なら何十分もかけて進む。

この違いが面白い。

南へ歩けば景色が少しずつ変わる

一本の大きな道路を歩き続ける魅力は、街の変化を連続して見られることだ。

突然別の街へワープするわけではない。

少しずつ建物が変わる。

店が変わる。

歩いている人が変わる。

交通量も変わる。

さっきまで住宅が多かったと思ったら、いつの間にか大きな建物が増えている。

逆に、にぎやかな場所を抜けると少し静かになる。

「ここから街の雰囲気が変わったな」

という境界線を自分の足で感じられる。

電車では駅名で区切られる東京が、徒歩だと一つにつながって見えてくる。

最初の1時間はまだ余裕

歩き始めたばかりなら体も軽い。

周囲を見る余裕がある。

知らない店を見つける。

気になる路地を見る。

建物を眺める。

地図を確認する。

「まだこれだけしか歩いていないのか」

と思うこともある。

長距離歩行では、この最初の1時間が一番気持ちいいかもしれない。

今日はかなり行けそうだ。

もっと南へ行けそうだ。

そんな気分になる。

ただし、この時点で調子に乗らないようにしたい。

2時間を超えると「散歩」ではなくなる

歩く時間が長くなると、だんだん感覚が変わってくる。

最初は散歩だった。

しかし2時間、3時間と続けば、少しずつ挑戦になる。

足の裏が気になる。

肩に背負った荷物が重く感じる。

信号待ちで止まると少し安心する。

コンビニを見ると、

「飲み物を買って休もうかな」

と思う。

ベンチがあれば座りたくなる。

この辺から、街を見るより自分の体を見る時間が増える。

まだ行けるか。

ここでやめるか。

その判断を繰り返す。

「あと少し」が危ない

長く歩いていると、

「もう少しだけ」

と思う。

次の大きな交差点まで。

次の駅の近くまで。

あの高い建物まで。

そうやって目標を少しずつ延長してしまう。

これが意外と危ない。

行きは歩けても、帰りがある。

もちろん東京なら電車で帰れる可能性が高いが、駅まで移動する体力も残しておきたい。

何より、無理をして足を痛めたら次の日に影響する。

だから今回の「行けるところまで」は、

限界まで歩く

という意味ではない。

安全に帰れる余力を残したところまで歩く。

これを自分のルールにしたい。

途中の一人飯もイベントになる

何時間も歩けば腹が減る。

そこで一人飯だ。

最初から店を決める必要はない。

歩いていて見つけた店に入る。

牛丼でもいい。

ラーメンでもいい。

定食でもいい。

コンビニでおにぎりを買って休むだけでもいい。

長く歩いた後の食事は、普段よりうまく感じることがある。

そして面白いのは、その食事まで記録になることだ。

「山手通りを南へ歩いている途中で入った店」

というだけで、その日の記憶と結びつく。

普通なら通り過ぎるだけだった店が、自分にとって一つの場所になる。

歩くと東京の大きさが分かる

電車だけで移動していると、東京の街は駅名の集合に見える。

新宿。

渋谷。

中目黒。

五反田。

大崎。

それぞれ独立した場所のように感じる。

しかし徒歩で移動すると、その間にもずっと東京が続いていることを体で理解できる。

一つの街が終わった瞬間に次の街が始まるわけではない。

少しずつ変化していく。

その連続した東京を感じられるのが徒歩の面白さだ。

「こんなに歩いたのに、まだ東京なのか」

と思うかもしれない。

それだけ東京は広い。

一人歩きは考え事の時間になる

長時間歩いていると、途中から景色だけを見なくなる。

頭の中にいろいろなことが浮かんでくる。

仕事。

お金。

ブログ。

これから何をするか。

昔の出来事。

会わなくなった人。

これから会うかもしれない人。

50代になってからの人生。

普段ならスマホを見て消えてしまう時間が、歩いていると考える時間になる。

もちろん、すごい答えが出るわけではない。

でも、

「まあ、もう少しやってみるか」

くらいの結論が出れば十分だと思う。

目的地がないから失敗もない

今回の企画で自分が一番気に入っているのは、失敗条件がほとんどないことだ。

例えば、

「今日は20km歩く」

と決めて12kmでやめたら、失敗したような気分になるかもしれない。

「中目黒まで歩く」

と決めて途中で電車に乗れば、到達できなかったことになる。

しかし、

「南へ行けるところまで歩く」

なら違う。

5kmでもいい。

10kmでもいい。

15kmでもいい。

自分で終了した場所が、その日のゴールだ。

競争相手もいない。

昨日の自分に勝つ必要もない。

歩いた距離そのものが記録になる。

疲れたら電車で帰ればいい

東京徒歩の大きな利点はこれだと思う。

疲れたら最寄り駅を探せる。

そこから電車で帰ればいい。

最初から往復歩く必要はない。

「ここまで来たから、帰りも全部歩かなければ」

と考えない。

目的は苦行ではない。

東京を自分の足で知ることだ。

足が痛くなった。

暑くなった。

天候が悪くなった。

体調がおかしい。

そう感じたら終了する。

水分補給と休憩も忘れない。

道路を渡るときは信号を守る。

スマホを見るなら安全な場所で止まる。

当たり前のことだが、一人歩きだからこそ自分で管理したい。

次回は終了地点から再開できる

一日で終わらせなくてもいい。

むしろシリーズにしたほうが面白い。

第1回はここまで。

次回は前回の終了地点まで電車で行く。

そこから再び南へ歩く。

そうすれば少しずつ山手通りをつなげていける。

一回の大きな挑戦ではなく、小さな挑戦の積み重ねになる。

最終的に地図を見て、

「ここからここまで全部歩いた」

と言えるようになれば面白い。

歩いた距離以上に記憶が残る

例えば電車で10km移動しても、その10kmの途中をほとんど覚えていないことがある。

しかし10km歩けば違う。

あの交差点。

休憩したコンビニ。

坂道。

大きな建物。

疲れ始めた場所。

昼飯を食べた店。

「もうやめよう」と思った地点。

距離が記憶になる。

地図上の線だった道路に、自分の経験が追加されていく。

これは徒歩でしか作れない感覚かもしれない。

山手通りを自分のシリーズにする

今回だけで終わらせる必要もない。

山手通りを南へ歩く。

次は北へ歩く。

途中の街を詳しく歩く。

一人飯をする。

朝に歩く。

夜に歩く。

季節を変えて歩く。

同じ道路でも条件が変われば別の記事になる。

何か特別なイベントを探さなくても、一本の道路だけでいくつものSolo Logが作れる。

日常そのものを記録するという意味では、自分にはかなり合っている企画だと思う。

まとめ|今日のゴールは自分の足が決める

山手通りを南へ行けるところまで歩いてみる。

目的地は決めない。

距離も決めない。

ただ南へ進む。

疲れたら休む。

腹が減ったら食べる。

気になる場所があれば止まる。

そして、

「今日はここまで」

と思った場所で終了する。

それでいい。

速く移動するなら電車のほうが圧倒的に便利だ。

でも徒歩には、電車では見えない東京がある。

駅と駅の間を見る。

街の変化を見る。

自分の体力を知る。

そして歩きながら、自分のことも少し考える。

ゴールを先に決めるのではなく、歩いた先を今日のゴールにする。

そんな一人歩きも悪くない。

次に山手通りへ出たら、南を向いて歩き始める。

どこまで行くのかは、まだ決めない。

その日の自分の足に決めてもらおう。

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