誕生日デートの約束をしたのに、LINEをブロックされて消滅した

Solo Emotion|ひとり感情

誕生日に誰かと会う約束をすると、普通のデートより少しだけ期待してしまう。

どこへ行こうか。

何を食べようか。

何時に会おうか。

そんなことを考える。

今回、自分にも誕生日に女性と会う予定があった。

LINEで連絡を取り、誕生日デートの約束までしていた。

だから自分の中では、

「誕生日は一人ではない」

と思っていた。

ところが、その予定は突然なくなった。

延期になったわけではない。

相手の仕事が入ったわけでもない。

喧嘩をして別れたわけでもない。

LINEをブロックされ、そのままデートそのものが消滅した。

今回は、そのときのことをSolo Logとして残しておこうと思う。

誕生日に会う約束をした

女性とはLINEで連絡を取っていた。

最初から誕生日デートを目的に知り合ったわけではない。

普通にやり取りを続ける中で、自分の誕生日の話になった。

そして、

「じゃあ会おう」

という流れになった。

誕生日に女性と会える。

単純にうれしかった。

若いころなら誕生日をもっと大きなイベントとして考えていたかもしれない。

でも年齢を重ねると、誕生日だからといって必ず何かが起こるわけではない。

普通に仕事をすることもある。

普通に一人で食事をすることもある。

そんな中で誰かと会う予定が入れば、やはり少し特別になる。

約束した瞬間から予定は頭の中に存在する

人との約束は不思議だ。

実際にはまだ何も起きていない。

しかし約束した瞬間から、未来の出来事が自分の頭の中に作られる。

その日は空けておこう。

どんな服を着よう。

食事はどうしよう。

何時ごろ帰るだろう。

まだ会っていないのに、未来の一日が少しずつ形になっていく。

自分もそうだった。

誕生日当日の予定として、彼女と会うことが頭の中に入っていた。

だから、もう半分くらいデートが始まっていたのかもしれない。

ところがLINEの様子がおかしくなった

しばらくして、LINEで相手との連絡がうまく取れなくなった。

最初は、

「忙しいのかな」

くらいに思う。

返信できない日は誰にでもある。

仕事かもしれない。

寝ているかもしれない。

スマートフォンを見ていないだけかもしれない。

だから、すぐに悪い方向へ考える必要はないと思った。

しかし時間が経っても状況は変わらない。

そして最終的に、

ブロックされたのだろう

と判断せざるを得ない状態になった。

一番困ったのは理由が分からないこと

断られること自体は理解できる。

「やっぱり会えない」

と言われれば残念だ。

でも理由は分かる。

「別の日にしよう」

なら予定を変更できる。

「もう会いたくない」

と言われたとしても、少なくとも相手の意思は分かる。

ブロックは違う。

説明がない。

何が原因だったのか分からない。

自分が何か言ったのか。

相手に別の事情ができたのか。

そもそも最初から会うつもりがなかったのか。

考えても答えは出ない。

この「答えがない」という状態が意外と引っかかる。

誕生日デートはその瞬間に消滅した

LINEがブロックされれば連絡ができない。

連絡できなければ、待ち合わせの確認もできない。

当然、誕生日デートも成立しない。

昨日までは予定だったものが、突然ゼロになる。

カレンダー上では何も変わっていない。

誕生日は予定通りやってくる。

でも、その日に会うはずだった人だけがいなくなった。

予定がキャンセルされたというより、予定そのものが消えたような感覚だった。

予定がなくなると時間だけが残る

デートのために空けていた時間が残る。

これは少し変な感覚だ。

予定があるときは、

「この時間に会う」

と考えている。

予定がなくなると、その数時間が突然空白になる。

何をしてもいい。

自由だ。

でも最初から自由だった休日とは違う。

「本来ここには予定があった」

という感覚が残っている。

特に今回は誕生日だった。

だから余計に、

「今日は会っているはずだったんだよな」

と思ってしまう。

ブロックされた理由を考えてしまう

こういうとき、人間は原因を探したくなる。

最後に送ったメッセージが悪かった?

連絡頻度が多かった?

何か勘違いさせた?

別の男性ができた?

気が変わった?

いろいろな可能性を考える。

でも相手に確認できない以上、ほとんどが想像だ。

ここで難しいのは、想像を事実だと思い始めてしまうことだ。

「絶対これが原因だ」

と思っても、本当かどうかは分からない。

だから最終的には、

分からないものは分からないままにするしかない。

それも人間関係では必要なのだと思う。

ブロックはかなり強い意思表示でもある

理由は分からなくても、一つだけ分かることがある。

現時点で相手が連絡を続けたくないということだ。

これは受け止めるしかない。

別のアカウントを探す。

別のSNSから連絡する。

電話番号を変えて連絡する。

そういうことをしても関係が良くなる可能性は低い。

むしろ相手にとって負担になる。

自分としては納得できなくても、

ブロックされたところで追わない。

これが一番いいと思う。

「自分の価値」と結びつけない

ブロックされると、

「自分には魅力がないのか」

と考えることもある。

でも、それも分けて考えたほうがいい。

一人の女性との関係が終わったことと、自分自身の価値は同じではない。

人間関係には相性がある。

タイミングもある。

相手側の事情もある。

こちらに改善すべき点がある場合もある。

しかし原因が分からない以上、自分を全部否定しても意味がない。

反省できるところだけ反省する。

分からない部分については勝手に答えを作らない。

そのくらいでいい。

誕生日だから余計に期待していた

もし普通の日の約束だったら、ここまで記憶に残らなかったかもしれない。

「会えなくなったか」

で終わった可能性もある。

でも今回は誕生日だった。

誕生日というだけで、こちら側が意味を大きくしていた。

彼女と会う。

一緒に食事をする。

もしかしたら何かお祝いしてくれる。

そんな未来を勝手に少し想像していた。

期待が大きくなれば、なくなったときの落差も大きくなる。

何もない誕生日になったとしても

では、デートが消えた誕生日は失敗なのか。

当時なら、

「せっかくの誕生日なのに」

と思ったかもしれない。

でも今なら少し違う。

誕生日は誰かに祝ってもらわなければ成立しない日ではない。

一人で好きなものを食べてもいい。

散歩してもいい。

映画を見てもいい。

何もしなくてもいい。

デートがなくなったから、自分の誕生日までなくなるわけではない。

相手に自分の一日全部を預ける必要はない。

一人の予定を持っておくのも悪くない

この経験から思ったことがある。

誰かと会う予定がある日でも、

「なくなったら一人でこれをしよう」

という選択肢を一つ持っておくと楽なのではないか。

デートが成立すればデートへ行く。

なくなったら好きな店へ行く。

映画を見る。

街を歩く。

家で好きなものを食べる。

最初から二つの人生を用意するようなものだ。

相手次第で一日が完全にゼロにならなくなる。

一人で行動できることは、こういうときにも強い。

人間関係は予定通りにいかない

仕事なら予定を立てる。

旅行なら予約する。

電車なら時刻表がある。

しかし恋愛や人間関係には時刻表がない。

昨日まで仲がよかった人から連絡が来なくなることもある。

会うと言っていた人が来ないこともある。

逆に、もう会わないと思っていた人から突然連絡が来ることもある。

自分だけではコントロールできない。

相手にも意思があるから当然だ。

だから人間関係では、

予定を立てることと、その予定に依存することは別

なのだと思う。

Solo Logに残しておく理由

成功したデートなら記事にしやすい。

楽しかった。

美味しかった。

また会った。

そういう話は書きやすい。

でも人生には、消滅した予定もある。

会えなかった日。

返信がなかった夜。

理由が分からない別れ。

そういうものも自分の時間の一部だ。

だからSolo Logには、うまくいった話だけではなく、こういう話も残しておきたい。

何年か後に読めば、

「そんなこともあったな」

と思えるかもしれない。

まとめ|デートは消えた。でも誕生日は残った

誕生日に女性とデートする約束をした。

楽しみにしていた。

ところがLINEをブロックされ、予定はそのまま消滅した。

理由は今でも完全には分からない。

でも、分からないことをいつまでも考えても答えは出ない。

ブロックされたなら追わない。

予定がなくなったなら、自分の時間に戻す。

そして、自分の価値まで否定しない。

今ならそう考える。

誕生日デートは消えた。でも、自分の誕生日まで消えたわけではない。

誰かと過ごすはずだった一日が、一人の日に戻っただけだ。

一人なら一人で、その日を過ごせばいい。

人生には、実現した予定だけでなく、実現しなかった予定もたくさんある。

そして不思議なことに、何年も経ってから思い出すのは、完璧に予定通りだった日より、こうして突然予定が消えてしまった日のほうだったりする。

あの誕生日デートは実現しなかった。

それでも、

「楽しみにしていた未来が突然なくなったとき、自分はどう感じたのか」

という記憶は残った。

それも自分が過ごした一日の記録として、ここに残しておこうと思う。

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