ブログの記事数が550記事を超えた。
550記事。
数字だけを見ると、かなり書いたように感じる。
ブログを始めたばかりのころなら、100記事でも相当遠く感じる数字だ。それが今では、その5倍以上の記事がある。
では、550記事もあればアクセスが大量に来ているのか。
残念ながら、現実はそんなに簡単ではない。
記事数と比較すると、アクセスはまだ少ない。
「550記事も書いたのにこれだけ?」
そう思うこともある。
それでも、自分はブログをやめようとは思っていない。
むしろ今は、ここまで作ったからこそ、もう少し先を見てみたいと思っている。
今回は、550記事を超えてもアクセスが少ない自分が、それでもブログを続ける理由を書いてみたい。
550記事書けばアクセスが増えると思っていた
ブログを始めたころは、記事を増やせばアクセスも増えるというイメージがあった。
10記事より100記事。
100記事より300記事。
300記事より500記事。
記事が増えるほど検索から人が来る入口も増える。
理屈としては間違っていないと思う。
しかし実際にやってみると、
「記事数が増える=アクセスが同じ割合で増える」
ではなかった。
550記事あっても、ほとんど読まれていない記事はある。
検索結果に出ていてもクリックされない記事もある。
そもそも検索結果に十分出てこない記事もある。
記事を公開しただけでは終わらない。
550記事を超えて、ようやくその現実がよく分かってきた。
「550」という数字だけなら達成感はある
とはいえ、550記事を書いたこと自体には達成感がある。
一日に550記事を書いたわけではない。
一つ書いて、また一つ書く。
それを繰り返した結果だ。
途中で、
「この記事に意味はあるのかな」
と思ったこともある。
アクセスを確認して、
「全然増えていない」
と思ったこともある。
それでも記事を追加した。
550記事という数字はアクセス数とは別に、自分が実際に積み上げた行動の記録でもある。
ここは自分で評価してもいいと思っている。
アクセスが少ないから分かることもある
アクセスが多ければもちろんうれしい。
しかし、アクセスが少ない状態だからこそ見えてくることもある。
例えば、
記事タイトルが弱いのか。
テーマそのものに検索需要が少ないのか。
Googleにまだ十分評価されていないのか。
似た記事を作りすぎていないか。
内部リンクが足りないのか。
サイトのテーマが広すぎないか。
記事数だけを追いかけていないか。
アクセスが少ないという結果も、一つのデータだ。
失敗と決めつけるより、
「今の方法ではここまでだった」
と考えた方が次につながる。
550記事を書いたからこそ、改善するための材料も550記事分ある。
100記事のころとは見える景色が違う
100記事のころなら、アクセスが少なくても、
「まだ記事数が足りないのかな」
で終わっていたかもしれない。
しかし550記事を超えると、それだけでは説明できない。
量はかなり作った。
だから次は質や構造を見る必要がある。
どの記事が表示されているのか。
どの記事がクリックされているのか。
どんなテーマなら検索に出やすいのか。
逆に、何十記事書いてもほとんど反応がないテーマは何なのか。
ここから先は「とにかく書く」だけではなく、書いたものから学ぶ段階なのだと思う。
それでも記事を書くのをやめない理由
では、分析だけして新しい記事を書くのをやめるのか。
自分はそうするつもりはない。
理由は単純で、まだ試していないテーマが大量にあるからだ。
日常。
仕事。
一人での行動。
食事。
ブログ運営。
AI。
昔の経験。
50代になって感じたこと。
自分の日常だけでも、視点を変えれば記事候補はかなり出てくる。
そして新しい記事を書けば、また新しいデータが取れる。
だから今後は、
「量産する」から「書く→確認する→改善する」
へ少しずつ変えていきたい。
AIがあるから550記事の先へ行ける
自分がこれだけの記事数を作れている背景にはAIもある。
テーマを考える。
構成を整理する。
文章を読みやすくする。
タイトルを考える。
関連記事のアイデアを出す。
こうした作業をAIで効率化できる。
ただ、AIを使えば自動的にアクセスが増えるわけではない。
ここは550記事を作ってみて特に重要だと感じる。
AIは記事を作る速度を上げてくれる。
しかし、
「何を書くか」
「どの記事を残すか」
「何を改善するか」
「自分の経験をどこに入れるか」
まで全部自動的に正解を出してくれるわけではない。
AIで100記事作れる時代だからこそ、記事数以外の差が重要になるのかもしれない。
自分の体験記事は後から強くなる可能性がある
自分がSolo Logで残したいのは、単なる検索対策の記事だけではない。
例えば、
50代で新しい仕事へ行った。
東京を一人で歩いた。
仕事探しをした。
パソコンで小さなトラブルが起きた。
ブログを550記事まで増やした。
こうした出来事は、その時点では小さな話に見える。
しかし何年も積み重なると、
「一人の人間が50代から何をしてきたか」
という大きな記録になる。
これは後からまとめて作ろうとしても難しい。
その日に感じたことは、その日にしか書けないからだ。
もし1000記事になったらどうなる?
次に気になる数字は1000記事だ。
550記事から考えると、あと450記事。
まだかなりある。
では1000記事になればアクセスは一気に増えるのか。
それは分からない。
1000記事あっても伸びない可能性はある。
反対に、600記事目や700記事目あたりから少しずつ変化が出る可能性もある。
検索エンジンの評価も、自分には完全には予測できない。
だからこそ面白い。
「550記事でこの状態だったサイトが、1000記事になるとどうなるのか」
これは自分自身で実験できる。
もし1000記事でもアクセスが少なければ、それも一つの結果になる。
過去記事が突然読まれる可能性もある
ブログの面白いところは、今日書いた記事だけが読まれるわけではないことだ。
数か月前の記事。
一年前の記事。
自分でも忘れていた記事。
そうしたページが検索される可能性がある。
550記事あるということは、それだけネット上に入口を置いているとも考えられる。
もちろん、低品質な記事を増やせばいいという意味ではない。
それでも、自分の経験をきちんと残した記事なら、後になって誰かの検索と一致することがあるかもしれない。
ブログは公開した瞬間だけで評価するものではないと思っている。
アクセスだけがブログの価値ではない
アクセスは重要だ。
ブログを伸ばしたいなら無視できない。
しかしアクセスだけを見ると、続けるのが苦しくなることもある。
今日の記事が0アクセス。
昨日の記事もほとんど読まれない。
そんな日もある。
それでも記事を書くことで、
自分が何を考えていたのか。
何に挑戦したのか。
何に失敗したのか。
何を覚えたのか。
それが残る。
Solo Logという名前を考えると、これはかなり重要だと思う。
自分一人の行動や経験そのものをログとして残す。
アクセスが増える前から、それはできる。
550記事はゴールではなく途中経過
以前なら「500記事」はものすごく大きな数字に見えた。
実際に超えてみると、不思議とまだ途中という感覚がある。
アクセスが少ないからでもある。
まだ改善したい。
まだ記事を書きたい。
まだ試してみたい。
そう思える。
だから550記事は成功の証明でも失敗の証明でもない。
ただの途中経過だ。
ここから600記事、700記事、800記事と進んだときに何が変わるのか。
それを見てみたい。
まとめ|アクセスが少ない「今」も記録しておく
ブログ550記事を超えても、自分が想像していたほどアクセスは多くない。
これは現実だ。
しかし、だからといって550記事が無駄だったとは思わない。
これだけ書いたからこそ、記事数だけでは伸びないことが分かった。
検索されるテーマを考える必要もある。
過去記事を改善する必要もある。
内部リンクやサイト構造を見る必要もある。
そして何より、自分自身の経験をもっと入れていく余地がある。
もし将来、Solo Logのアクセスが大きく増えたら、この550記事時点の記事を読み返してみたい。
「あのころはまだアクセスが少なかった」
と思える日が来るかもしれない。
逆に思ったほど伸びなかったとしても、それも記録になる。
だから今は、結果を決めつけない。
550記事は結論ではない。
まだ途中だ。
600記事目を書き、700記事目を書き、その先を見てみる。
アクセスが少ない今だからこそ、その過程をSolo Logに残しておこうと思う。


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