センター試験でD判定だったが高崎経済大学に合格した|最後まで諦めなかった受験体験

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高校3年生の冬、私はセンター試験(現在の大学入学共通テストの前身)を受験した。

受験勉強は決して順調だったわけではない。

模試では思うような結果が出ず、「このままでは第一志望は厳しいかもしれない」と何度も不安になった。

それでも最後まで諦めずに勉強を続け、迎えた本番。

試験が終わると、自己採点をして予備校の判定を確認した。

そこに表示されていたのは、D判定

「合格可能性は高くない。」

そんな評価だった。

正直、かなり落ち込んだ。

それまで積み重ねてきた努力が否定されたような気持ちになったし、「やっぱり無理なのかもしれない」と弱気にもなった。

しかし、今振り返ると、D判定は「不合格が決まった」という意味ではなかった。

あくまでも過去のデータをもとにした一つの目安だったのである。

私はそこで受験を諦めなかった。


判定よりも大切だったもの

D判定を見たあと、できることは一つしかなかった。

二次試験へ向けて勉強を続けること。

判定を何度見返しても点数は変わらない。

変えられるのは、自分の行動だけだった。

その日からは、「結果を気にする時間があるなら、一問でも多く問題を解こう」と考えるようになった。

英語の長文を読み、数学を解き直し、小論文や過去問にも取り組んだ。

一日一日の積み重ねは小さかったが、それでも止めなかった。


本番は模試とは違う

受験では、本番で実力を発揮できるかどうかが重要だ。

模試の成績が良くても、本番で緊張して力を出せなければ意味がない。

逆に、模試で思うような結果が出なくても、本番で自己ベストを出せる人もいる。

私は後者だったのかもしれない。

試験当日は緊張したが、「ここまでやってきた」と自分に言い聞かせながら問題に向き合った。

わからない問題もあった。

それでも最後まで集中力を切らさず、解ける問題を確実に積み重ねた。


合格発表の日

合格発表の日。

自分の受験番号を探す時間は、とても長く感じた。

「なかったらどうしよう。」

そんな不安が頭をよぎる。

しかし、何度も番号を確認しているうちに、自分の番号を見つけた。

合格。

あの瞬間の安心感は、今でも忘れられない。

D判定だった自分が、高崎経済大学に合格できたのである。

判定だけを見て諦めていたら、この結果はなかった。


判定は未来を決めない

この経験から学んだことがある。

模試や判定は大切な情報ではある。

しかし、それが未来を決めるわけではない。

判定は「現時点での可能性」を示しているだけで、「本番の結果」を決めるものではない。

努力次第で、その可能性は変えられる。

受験では、最後まで伸びる人がいる。

実際に私自身がそうだった。


社会人になってからも同じ

社会人になってからも、この経験を思い出すことがある。

就職活動。

資格試験。

転職活動。

新しい挑戦。

最初から良い評価をもらえるとは限らない。

「難しいですね。」

「経験不足ですね。」

そんな評価を受けることもある。

それでも、そこで諦めなければ未来は変わる。

受験で学んだことは、社会に出てからも何度も役立っている。


結果は最後までわからない

世の中には、最初から順調に進む人もいる。

一方で、途中までは苦戦しながら最後に逆転する人もいる。

私は後者だった。

だからこそ、「途中経過だけで人生を決めつける必要はない」と思っている。

D判定だったことは事実。

しかし、最終結果は「合格」だった。

この二つは矛盾しない。

判定は過程であり、合格は結果だからだ。


あの経験が今につながっている

今、新しいことに挑戦するときでも、「あのときもD判定から合格できた」と思い出すことがある。

もちろん、努力すれば必ず成功するとは言えない。

ですが、努力をやめた時点で可能性はゼロに近づく。

続けていれば、可能性は残る。

受験で学んだ最大の教訓は、「最後まで諦めないこと」だった。

高崎経済大学に合格したという事実以上に、その過程で身につけた考え方は、その後の人生にも大きな影響を与えてくれた。

もし今、模試の判定や周囲の評価に落ち込んでいる人がいるなら、一つだけ伝えたい。

判定は参考資料であって、未来そのものではない。

最後の合格発表の日まで、自分の可能性を信じて努力を続ける価値は十分にある。

私にとって、「センター試験でD判定だったが、高崎経済大学に合格した」という経験は、人生の中でも「結果は最後までわからない」ということを実感した、大切な思い出の一つである。

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