熱海温泉に行かないかと誘われた。
熱海といえば温泉地として有名だし、東京からも比較的行きやすい。
温泉に入って、ご飯を食べて、普段とは違う場所でのんびりする。
普通に考えれば悪い話ではない。
それなのに、誘われたときの自分の気持ちは、
「うーん、なんか行く気にならないな」
だった。
ものすごく嫌な理由があったわけではない。
熱海が嫌いなわけでもない。
温泉が嫌いなわけでもない。
誘ってくれたことが迷惑だったわけでもない。
それでも気持ちが動かなかった。
結局、その誘いは断ったままになっている。
今回は、そんな「特に大きな理由はないけれど行かなかった」という話を書いてみる。
熱海なら行きやすいはずなのに
海外旅行や遠い地方への旅行なら、断る理由はいくらでも思いつく。
時間がかかる。
交通費が高い。
何日も予定を空ける必要がある。
準備も必要になる。
ところが熱海なら、東京からそれほど遠いわけではない。
新幹線を使う方法もあるし、普通列車などで向かう方法もある。
「ものすごく大変な旅行」という距離ではない。
だから最初は自分でも少し不思議だった。
行こうと思えば行ける。
温泉もある。
観光もできる。
それでも行きたいとは思わなかった。
こういうとき、無理に理由を探そうとすると、
「お金がもったいないからかな」
「移動が面倒だからかな」
「温泉にそれほど興味がないからかな」
といろいろ考えてしまう。
でも、どれもしっくりこない。
結局、一番近い答えは、
「今は行きたい気分じゃない」
だった。
誘われたら行かなければいけないわけではない
以前の自分なら、誰かに誘われたとき、
「せっかく誘ってくれたんだから」
と考えていたかもしれない。
断ったら悪いかな。
行ったほうが楽しいかもしれない。
せっかくの機会を逃すのはもったいない。
そんなことを考えて、あまり乗り気ではなくても参加することはある。
もちろん、実際に行ってみたら楽しかったということもある。
だから「気が乗らなければ全部断ればいい」とは思わない。
ただ、今回の熱海については、それでも行こうという気持ちにならなかった。
旅行は数時間のお茶とは違う。
移動して、食事をして、温泉に入って、場合によっては宿泊する。
それなりに長い時間を使う。
だからこそ、自分自身が「行ってみたい」と思えるかどうかは結構大事なのだと思う。
「なんとなく」も一つの判断なのかもしれない
今回、自分でも面白いと思ったのは、明確な理由がないことだった。
たとえば、
「仕事があるから行けない」
なら分かりやすい。
「お金がないから無理」
も分かりやすい。
「温泉が嫌い」
ならさらに分かりやすい。
でも今回は違う。
行こうと思えば行けるのに、なんとなく行きたくない。
こういう感覚は説明しにくい。
ただ、50年以上生きていると、こうした自分の感覚も以前より無視しなくなった気がする。
何か大きな決断をするときだけではない。
今日は外食したい。
今日は家で食べたい。
少し遠くまで歩いてみたい。
今日はどこにも行きたくない。
こういう小さな感覚も、その日の自分にとっては立派な判断材料なのだと思う。
一人なら行っていたのか?
ここで少し考えた。
もし「熱海温泉に一人で行ってみよう」と自分で突然思いついていたら、どうだっただろう。
これは意外と行っていた可能性もある。
朝起きて、
「今日、熱海行ってみるか」
と思って電車に乗る。
温泉に入る。
適当にご飯を食べる。
海を見る。
疲れたら帰る。
誰かと一緒ではないので、自分の好きな時間に動ける。
予定を変更してもいい。
温泉に入りたくなくなったら入らなくてもいい。
早く帰りたくなったら帰ればいい。
そう考えると、熱海そのものが嫌なのではなさそうだ。
「熱海へ行きたいか」と「今回の誘いで熱海へ行きたいか」は別の話なのだ。
これは今回初めて少し意識した。
行かなかったことで後悔しているか
今のところ、特に後悔はしていない。
SNSなどで熱海の温泉や料理の写真を見れば、
「いいな」
と思うことはある。
でも、
「あのとき絶対に行けばよかった」
というほどではない。
だから今回については、断った判断でよかったのだと思っている。
もちろん数か月後、急に熱海へ行きたくなるかもしれない。
そのときは行けばいい。
旅行は、一度断ったら二度と行けなくなるものではない。
熱海も逃げない。
今行きたくないなら行かない。
来月行きたくなったら行く。
そのくらいでいいのかもしれない。
「行かない」という選択にも時間が残る
旅行に行けば、当然その日は旅行の時間になる。
逆に行かなければ、その時間は別のことに使える。
家で休んでもいい。
ブログを書いてもいい。
近所を歩いてもいい。
何もしなくてもいい。
若い頃は「休日なんだから何かしなければもったいない」と考えることもあった。
でも最近は、予定を入れないことも一つの使い方だと思う。
何もしない時間があるから、突然何かをやりたくなることもある。
予定を全部埋めてしまったら、その自由はなくなる。
熱海旅行を断ったことで何か特別なことをしたわけではない。
ただ、自分の時間がそのまま残った。
それも悪くない。
断ることと相手を嫌うことは別
誰かからの誘いを断ると、
「相手に悪いかな」
と思うことがある。
でも旅行を断ることと、その人を嫌っていることは必ずしも同じではない。
行きたい場所。
会いたいタイミング。
使いたいお金。
その日の体調や気分。
いろいろなものが一致して初めて「行こう」となる。
今回は、それが一致しなかっただけだと思っている。
逆に、自分が誰かを誘ったときに断られることもあるだろう。
そのときも、
「自分が嫌われた」
とすぐに考える必要はないのかもしれない。
単純に、その人にとって今ではなかった。
それだけの場合もある。
今度、自分から行きたくなるかもしれない
不思議なのは、この記事を書いていると少し熱海に興味が出てくることだ。
誰かから「行こう」と言われたときには気が乗らなかったのに、自分で考えていると、
「一人で日帰りなら面白いかも」
と思えてくる。
人間の気分は勝手なものだ。
でも、それでいいと思う。
誰かに誘われたから行くのではなく、自分が行きたくなった日に行く。
東京から一人で熱海へ行って、温泉に入って、ご飯を食べて帰ってくる。
それならSolo Logの記事にもなりそうだ。
まとめ
熱海温泉に誘われた。
条件だけ見れば、それほど断る理由はなかった。
それでも、なんとなく行く気になれなかった。
だから断った。
今回の出来事には、大きな教訓があるわけではない。
人生を変えるような話でもない。
ただ、
「なんとなく行きたくないから行かなかった」
という日があってもいいと思った。
理由を完璧に説明できなくても、自分の時間をどう使うかは自分で決めていい。
そして、いつか自分から「熱海に行きたい」と思ったら、そのとき行けばいい。
もしかすると、その日のほうがずっと楽しめるのかもしれない。


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