ポケットモンスターのゲームをプレーしたがすぐに飽きてしまった

Solo Actions|ひとり行動ログ

久しぶりにポケットモンスターのゲームをプレーしてみた。

子どもの頃から名前は知っているし、社会現象になるほど人気のあるシリーズだ。新作が出ればニュースになり、多くの人が夢中になる。そんな作品だから、改めて遊べば自分もハマるかもしれないと思った。

しかし結果から言うと、私はすぐに飽きてしまった。

もちろんゲームそのものが悪いわけではない。

実際、長年愛されている作品なのだから、多くの人にとっては面白いのだろう。

ただ、今の自分には合わなかった。

そんな話を書いてみたい。

最初は少しワクワクした

ゲームを始めた直後はそれなりに楽しかった。

新しい世界。

見たことのないモンスター。

少しずつ仲間が増えていく感覚。

最初の1時間くらいは「なるほど、こういう楽しさか」と思いながら進めていた。

昔なら、この時点で夢中になっていたかもしれない。

しかし年齢を重ねた今の私は、以前とは違う感覚でゲームを見ていた。

次第に作業感が出てきた

しばらく遊んでいると、あることに気づいた。

同じことの繰り返しが多いのである。

モンスターを捕まえる。

レベルを上げる。

次の街へ行く。

また戦う。

また捕まえる。

もちろんRPGとはそういうものだ。

それを否定するつもりはない。

ただ、自分の中で「続きが気になる」という感情があまり生まれなかった。

昔なら楽しめたことが、今では作業のように感じてしまう。

それが少し不思議だった。

自分が変わったのかもしれない

ゲームが変わったのではなく、自分が変わったのかもしれない。

若い頃は時間がたくさんあった。

学校が終わればゲーム。

休日もゲーム。

夜遅くまでゲーム。

そんな生活ができた。

しかし今は違う。

仕事もある。

生活もある。

考えることも増えた。

限られた時間の中で何をするかを意識するようになった。

だからゲームに対する評価基準も変わったのだろう。

刺激に慣れてしまった

現代は刺激が多い。

スマートフォンを開けば動画が流れる。

SNSを見れば次々と情報が出てくる。

ニュースも絶えない。

そんな環境の中で生活していると、ゆっくり進むゲームに集中するのが難しくなる。

ポケモンだけの話ではない。

映画でも本でも同じだ。

以前よりも集中力が続かなくなった気がする。

それは少し残念でもある。

面白くないわけではない

誤解してほしくないのは、面白くないわけではないということだ。

実際、多くの人が楽しんでいる。

子どもたちは夢中になっている。

大人でも何百時間もプレーする人がいる。

だから作品としての価値は間違いなく高い。

ただ、今の自分には刺さらなかった。

それだけの話である。

食べ物の好みが変わるように、娯楽の好みも変わる。

それは自然なことだと思う。

飽きることは悪いことではない

以前の私は、途中でやめることに少し罪悪感があった。

せっかく買ったのだから最後まで遊ばなければ。

そう考えていた。

しかし最近は違う。

飽きたならやめてもいいと思うようになった。

無理に続けても楽しくない。

趣味は義務ではない。

楽しむためのものだ。

だから今回は素直にやめることにした。

ひとりで考える時間

ゲームをやめて静かになると、別のことを考えるようになった。

今後どう生きるか。

どんな仕事をしたいか。

何を作りたいか。

どんな人生にしたいか。

若い頃はゲームの世界に没頭できた。

今は現実の方が気になる。

それも年齢の変化なのかもしれない。

ソロ活との共通点

ひとりでゲームをするのもソロ活の一種だと思う。

誰かに合わせる必要がない。

好きな時に始めて、好きな時に終われる。

その自由さは好きだ。

ただ最近の私は、ゲームよりも散歩やカフェ、ブログを書く時間の方が楽しい。

価値観が少しずつ変化しているのだろう。

昔の自分と今の自分

もし20代の自分なら、ポケモンを何十時間も遊んでいたかもしれない。

攻略サイトを見ていたかもしれない。

レアなモンスターを探していたかもしれない。

しかし今の自分は違う。

だからといって成長したとも思わない。

ただ変わっただけだ。

人は変化する。

好きなものも変わる。

それを受け入れることも大切なのだと思う。

まとめ

久しぶりにポケットモンスターのゲームをプレーしてみた。

しかし私はすぐに飽きてしまった。

ゲームが悪いわけではない。

自分に合わなかっただけだ。

昔なら楽しめたかもしれない。

今は別のことに興味が向いている。

それが分かっただけでも収穫だった。

人は年齢とともに変わる。

興味も価値観も変わる。

そして、その変化を無理に否定する必要はない。

今回ゲームを途中でやめたことで、逆に今の自分が何を求めているのか少し見えた気がした。

それもまた、ひとり時間の面白さなのかもしれない。

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