真夏の徒歩通勤が始まった
ある時期、私は片道約45分の徒歩通勤を続けていた。
往復すると約1時間30分。
距離にすると決して短くはない。
春や秋なら気持ちよく歩ける道も、真夏になると話は別だった。
家を出た瞬間から強い日差しを感じ、駅へ向かう人たちとは違い、自分はそのまま歩き続ける。
毎朝、それが当たり前の日課になっていた。
歩くだけで汗が止まらない
歩き始めて10分ほどすると、額に汗がにじみ始める。
20分も経てばシャツの背中はじんわりと濡れ、リュックを背負っている部分には熱がこもる。
目的地に近づく頃には、汗が首筋を伝い、腕や顔にも流れてくる。
特別に速く歩いているわけではない。
普通の速度で歩いているだけなのに、真夏の暑さは容赦がなかった。
「まだ朝なのに、こんなに暑いのか。」
そう思う日も少なくなかった。
着替えが欲しくなる日もあった
職場へ着く頃には、少し休憩したくなるほど体が熱くなっていた。
エアコンの効いた室内へ入ると、ようやく呼吸が落ち着く。
汗が引くまで少し時間が必要だった。
真夏の徒歩通勤では、着替えを持参したほうが快適だと感じる日もあった。
それほどまでに汗をかく毎日だった。
それでも歩く理由
「電車を使えば楽なのでは。」
そう思う人もいるかもしれない。
確かに、暑さだけを考えれば、そのほうが楽だっただろう。
それでも歩くことには、自分なりの理由があった。
歩く時間は、頭の中を整理する時間でもあった。
仕事のことを考えたり、その日の予定を確認したり、ときには何も考えず景色を眺めたりする。
歩くことで気持ちが切り替わる感覚があった。
夏の景色も悪くなかった
暑さばかりが印象に残るが、夏ならではの景色もあった。
青空。
入道雲。
木陰に入ったときの涼しさ。
朝早くから鳴いているセミ。
季節を感じながら歩く時間は、決して嫌いではなかった。
エアコンの効いた車や電車では気付かない小さな変化を感じられるのも徒歩通勤の魅力だった。
体力は少しずつ付いていった
最初の頃は45分歩くだけで疲れていた。
しかし、続けていくうちに体が慣れてくる。
以前より息が上がらなくなり、歩くペースも安定した。
階段を上ることも苦ではなくなった。
毎日の積み重ねは、少しずつ体力という形で返ってきた。
「歩くことも立派な運動なんだ。」
そう実感した瞬間でもあった。
夏だからこそ気を付けたこと
一方で、無理をしてはいけないとも感じた。
水分補給を忘れないこと。
帽子や日傘などで直射日光を避けること。
体調が悪い日は無理をしないこと。
真夏は少しの油断でも体に大きな負担がかかる。
歩くことが目的になり過ぎて、健康を損なっては意味がない。
あの頃を振り返って思うこと
今振り返ると、「よく毎日歩いていたな」と思う。
汗だくになりながら歩いた日もあれば、途中で何度も水分を取りたくなった日もあった。
決して楽な通勤ではなかった。
それでも続けられたのは、「今日も歩けた」という小さな達成感が毎日あったからだと思う。
おわりに
真夏の片道45分徒歩通勤は、体力的には決して楽ではなかった。
歩くだけで大量の汗をかき、職場へ着く頃には暑さで疲れ切っている日もあった。
しかし、その時間は自分と向き合う時間でもあり、毎日の運動でもあり、季節を感じる時間でもあった。
今でも夏になると、あの強い日差しや汗だくになりながら歩いた道を思い出す。
決して快適とは言えない経験だったが、振り返れば、自分の体力や継続する力を少し育ててくれた夏だったように思う。


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