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仕事をしていると、自分では普通に作業をしているつもりでも、周囲からは違うように見えてしまうことがある。
ある日、そんな出来事があった。
仕事中、SV(スーパーバイザー)から突然、
「3分くらいぼーっとしてる?」
と声を掛けられた。
その瞬間、自分では少し驚いた。
「えっ、自分はそんなに止まっていたのか。」
というのが最初の感想だった。
もちろん時計で正確に3分を測ったわけではないだろう。
ただ、そのくらい作業の手が止まって見えたということなのだと思う。
自分では考えていただけだった
私の中では、何もしていなかったつもりはなかった。
画面を見ながら、
「次はどの手順で進めよう。」
「この処理で間違っていないかな。」
「確認してから実行したほうがいいかもしれない。」
そんなことを頭の中で整理していた。
新しい仕事や慣れない作業では、考える時間が増える。
焦って操作を間違えるより、一度立ち止まって確認したい。
その気持ちが強かった。
しかし、外から見れば違う。
手は動いていない。
キーボードも打っていない。
マウスもほとんど動かない。
その姿だけを見ると、「ぼーっとしている」と受け取られても不思議ではない。
外から見える姿と本人の感覚は違う
仕事では、この違いが意外と大きい。
本人は考えている。
周囲は止まっているように見える。
この差が、今回の出来事だったのだと思う。
実際、スポーツでも選手が一瞬立ち止まって状況を読むことがある。
将棋やチェスでも、考える時間は必要だ。
しかし、事務作業では「手が動いていること」が仕事をしているように見えやすい。
だからこそ、見え方も大切なのだと感じた。
注意された瞬間は少し焦った
SVから声を掛けられたときは、正直少し焦った。
「仕事をしていないと思われていたのかな。」
「周囲からもそう見えていたのかな。」
そんなことが頭をよぎった。
注意を受けると、一瞬で緊張感が高まる。
その後は、必要以上に手を止めないよう意識して仕事を続けた。
仕事には考える時間も必要
一方で、考える時間が不要というわけではない。
むしろ、確認せずに進めてミスをするほうが大きな問題になる場合もある。
仕事では、
「考える」
「確認する」
「実行する」
という流れが必要になる。
そのバランスが難しい。
長く考え過ぎてもいけない。
逆に、何も考えず進めてもいけない。
今回の出来事は、その境界を改めて考えるきっかけになった。
周囲からどう見えるかも仕事の一部
社会人になると、自分だけの基準では仕事はできない。
周囲からどう見えるか。
チームの中でどう映るか。
これも仕事の一部なのだと思う。
もし考える時間が必要なら、
メモを書きながら整理する。
資料を開きながら確認する。
チェックリストを見る。
そうした動きがあれば、周囲にも「考えながら仕事をしている」と伝わりやすいかもしれない。
小さな注意から学べること
その日は、大きな失敗をしたわけではなかった。
それでも、短い一言は意外と印象に残った。
「3分くらいぼーっとしてる?」
たった一言だったが、自分の仕事の進め方を振り返るきっかけになった。
社会人生活では、こうした小さな出来事の積み重ねが少しずつ成長につながるのかもしれない。
もちろん、その場では少し落ち込んだ。
しかし、後から振り返れば、改善できる点を教えてもらった出来事でもあった。
次から意識したこと
それ以来、私は作業が止まりそうなときに一つ意識するようになった。
頭の中だけで考え続けないことだ。
紙に書く。
画面にメモを残す。
資料を見返す。
確認項目を整理する。
そうすることで、自分の思考も整理されるし、作業も止まりにくくなる。
考えること自体は悪いことではない。
ただ、その時間が長くなり過ぎると、周囲には伝わらない。
仕事では「考える力」と同じくらい、「考えながら前へ進める力」も必要なのだと感じた。
まとめ
今回、SVから「3分くらいぼーっとしてる?」と声を掛けられたことは、自分にとって印象に残る出来事だった。
自分では考えているつもりでも、周囲には何もしていないように見えることがある。
仕事では、正しい判断だけでなく、周囲から見える動きも大切になる。
この経験を通じて、私は「考える時間」と「手を動かす時間」のバランスを以前より意識するようになった。
小さな注意だったからこそ、自分の働き方を見直す良い機会になったのだと思う。


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