部屋の片隅に、郵便物が積み重なっている。
一枚や二枚ではない。
封筒。
チラシ。
役所からのお知らせ。
クレジットカード会社からの封書。
保険の案内。
広告。
少しずつ増えていった紙の山が、いつの間にか部屋の風景になっていた。
毎日見ている。
気になっている。
それなのに片付けられない。
今回は、アパートの片隅に溜まった郵便物を見ながら考えたことを書いてみたい。
最初は「あとで見よう」だった
郵便受けから持って帰る。
玄関で靴を脱ぐ。
テーブルへ置く。
「あとで確認しよう。」
最初はそれだけだった。
疲れて帰ってきた夜。
仕事が終わったあと。
夕飯を食べたあと。
今日はいいか。
明日見よう。
そう思った封筒が一枚増える。
次の日も同じだった。
また一枚。
さらに一枚。
気がつけば、積み重なっていた。
見るのが少し怖くなる
郵便物は時間がたつほど開けづらくなる。
重要な通知だったらどうしよう。
期限が過ぎていたらどうしよう。
支払いだったらどうしよう。
そんなことを考え始める。
中身を見れば数分で終わることも多い。
しかし、その数分がなかなか始められない。
人は不思議だ。
やらなければならないことほど、後回しにしてしまうことがある。
部屋の景色になってしまう
最初は違和感がある。
「片付けないとな。」
そう思う。
しかし一週間。
二週間。
一か月。
時間がたつと、その郵便物が部屋の一部になってしまう。
視界には入る。
でも見えていない。
人は環境に慣れる。
散らかった部屋にも慣れてしまう。
それが少し怖い。
郵便物は心の余裕を映している気がした
忙しいときほど郵便物は溜まる。
疲れているときほど開封しない。
心に余裕がある日は、その場で封を開ける。
必要な書類だけ残し、不要なものは捨てる。
ほんの数分で終わる。
つまり郵便物は、生活そのものを映しているような気がした。
部屋だけではない。
心の整理まで後回しになっていたのかもしれない。
「いつか片付ける」は意外と来ない
私は何度も思った。
「休日にまとめてやろう。」
「時間がある日にやろう。」
しかし、その休日にも別の予定が入る。
買い物へ行く。
洗濯をする。
掃除をする。
気づけば夕方。
郵便物はそのままだ。
「いつか」という日は、自分で作らなければ来ない。
そう感じた。
一枚だけ開けてみる
全部やろうとすると気が重い。
だから一枚だけ開けてみる。
すると意外と終わる。
次も開ける。
また一枚。
その繰り返しで山が少し低くなる。
最初の一歩が一番重かっただけなのだ。
完璧を目指さなくてもいい
全部整理する。
全部ファイルに入れる。
全部分類する。
そう考えると手が止まる。
でも今日は三枚だけ。
今日は重要そうな封筒だけ。
それでも前進だ。
私は最近、完璧より継続のほうが大切だと思うようになった。
部屋が少しだけ軽く見えた
郵便物が減ると、不思議と部屋も広く感じる。
空気まで変わったように思える。
実際には数センチ分の紙が減っただけだ。
それでも気持ちは軽くなる。
片付けには、物理的な意味だけではなく精神的な意味もあるのだと思った。
また溜めないために
これからは郵便受けから持ってきたら、その日のうちに開ける。
不要なら捨てる。
必要なら保管する。
たったそれだけだ。
難しいことではない。
しかし、その小さな習慣ができるかどうかで部屋は変わる。
生活も変わる。
まとめ
アパートの片隅に積み重なった郵便物。
ずっと気になっていた。
でも見ないようにもしていた。
郵便物は紙の山ではなく、「後でやろう」の積み重ねだったのかもしれない。
一気に人生は変わらない。
部屋も一日では片付かない。
それでも、一枚の封筒を開けることから始めればいい。
今日の私は、郵便物を見ながらそんなことを考えた。
何気ない出来事だけれど、こういう日常の積み重ねも、私にとっては大切なSolo Logの一ページである。


コメント