たまに。
本当にたまにだけど、朝シャワーを浴びる。
時間にすると10分くらい。
長くもない。
短すぎるわけでもない。
ただ、朝に水やお湯を浴びるだけで、少しだけ頭の中が変わる日がある。
昔は朝シャワーを軽く見ていた
正直、若い頃はそこまで意味を感じていなかった。
風呂は夜。
朝は顔を洗うくらい。
そんな感じだった。
でも最近、少し変わった。
特に、
- 頭が重い朝
- 気持ちが動かない朝
- 何もしたくない朝
そういう日に、朝シャワーを浴びると少しだけリセット感がある。
水の音って、不思議に落ち着く
シャワーを浴びている時って、少しだけ世界が遠くなる。
スマホも見ない。
誰とも話さない。
ただ、水の音だけ。
あの時間、意外と貴重なんだと思う。
頭の中のノイズが、一瞬減る。
「今日はダメだな」という朝もある
もちろん、毎日元気なわけじゃない。
むしろ最近は、
「今日はエンジンかからないな」
みたいな日も普通にある。
そんな時、朝シャワーを浴びる。
すると、完全復活はしない。
でも、
“少しだけ人間側へ戻る”
感じがある。
朝シャワー後の空気は少し違う
これは不思議。
同じ部屋。
同じ机。
同じスマホ。
なのに、少しだけ空気が変わる。
特に冬。
シャワー後の冷たい空気を感じると、
「ああ、生きてるな」
みたいな感覚が少しある。
10分くらいがちょうどいい
長すぎると疲れる。
逆に短すぎると、切り替わらない。
自分の場合、10分くらいがちょうどいい。
- 頭を洗う
- 温まる
- 少し考える
- ボーッとする
そのくらい。
朝シャワー中、人は少し哲学的になる
これ、結構ある。
シャワー浴びながら、
- 将来
- 孤独
- AI
- 仕事
- 恋愛
- 人生
とか考えている。
なぜか分からない。
でも、水が流れている時って、脳が少し整理モードに入る気がする。
「何も進んでない気がする日」もある
これは結構ある。
ブログ。
AI。
仕事。
人生。
全部、中途半端に見える日。
そんな時、朝シャワーを浴びながら、
「まあ、今日は今日でいいか」
と思う瞬間がある。
多分、人間って、完全に前向きじゃなくてもいい。
少し戻れればいい。
AI時代ほど、人間は“感覚”が大事になる気もする
最近よく思う。
AIは便利。
頭脳作業も速い。
でも、
- 温度
- 水
- 朝の空気
- 静けさ
みたいな感覚は、人間側に残る。
朝シャワーって、少しそれを思い出させる。
朝シャワー後、少しだけ行動しやすくなる
不思議だけど本当にある。
例えば、
- ブログを書く
- 部屋を片付ける
- 外へ出る
- コンビニへ行く
その最初の一歩が少し軽くなる。
完全覚醒じゃない。
でも、
“停止状態”からは出られる。
孤独な朝ほど、水が効く
これもある。
誰とも話さない朝。
予定も少ない朝。
未来が少しぼやける朝。
そんな時、水を浴びると、
「とりあえず今日を始めるか」
という気持ちになる。
人間って、案外シンプルなのかもしれない。
朝シャワーは“回復儀式”なのかもしれない
最近ちょっと思う。
あれは清潔のためだけじゃない。
むしろ、
- 気持ち
- 思考
- 空気
- 身体感覚
を切り替える儀式に近い。
AI時代って、頭ばかり使う。
情報ばかり見る。
だから逆に、
「水を浴びる」
みたいな原始的な行動が大事になるのかもしれない。
最後に
毎日じゃない。
たまに。
朝シャワーを10分くらい浴びる。
それだけ。
でも、その10分で少しだけ世界が戻る日がある。
完全に前向きにならなくてもいい。
劇的に人生が変わらなくてもいい。
ただ、
“もう一回、今日を始められる”
くらいで、人間には十分なのかもしれない。


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