小学生までは苦手意識はなかった
「国語だけは苦手だった。」
学生時代を振り返ると、真っ先に思い浮かぶ教科である。
小学生のころは、そこまで嫌いではなかった気がする。
漢字の書き取りや音読も普通にこなし、特別困った記憶もない。
しかし、中学生になると状況は変わった。
文章は急に長くなり、登場人物の気持ちを考える問題が増えた。
その頃から、私は国語に対して苦手意識を持つようになった。
「作者の気持ち」が分からなかった
「このとき主人公はどう思ったでしょう。」
「作者が伝えたかったことを書きなさい。」
こうした問題を見るたびに、私は手が止まった。
本文を何度読んでも、自信を持って答えられない。
「本当にこれで合っているのだろうか。」
そんな不安ばかりが大きくなっていった。
国語には一つの正解があるようで、自分にはその正解が見つけられない気がしていた。
数学との違いを感じた
一方で、数学には答えがあった。
計算が合えば正解。
間違えれば不正解。
白黒がはっきりしている。
だから勉強もしやすかった。
しかし国語は、自分では正しいと思って書いても模範解答と違うことがある。
「なぜ違うのか。」
その理由が分からず、さらに苦手意識が強くなっていった。
テストの時間が一番つらかった
国語のテストでは、読解問題に時間がかかった。
一つの文章を何度も読み返す。
答えを書いても自信が持てない。
消しては書き直し、また迷う。
時間だけが過ぎていく。
テストが終わるころには、毎回ぐったりしていた。
社会人になって文章を読む機会が増えた
社会人になると、仕事では仕様書やマニュアルを読む機会が増えた。
メールを書くことも日常になった。
最初は苦労したが、毎日文章に触れているうちに、少しずつ読むことへの抵抗感が薄れていった。
学生時代には想像できなかった変化だった。
ブログを書くようになって変わったこと
そして今では、ブログを書いている。
最初は数百文字を書くのにも苦労した。
何を書けばいいのか分からず、手が止まることも多かった。
それでも書き続けるうちに、1000文字、2000文字、3000文字と少しずつ長い文章を書けるようになった。
文章力は一日で身に付くものではない。
毎日続けることで、少しずつ積み重なっていくものなのだと感じている。
国語への考え方も変わった
最近は、本を読むときも昔とは考え方が変わった。
「正解を探す」のではなく、
「この人はこう考えたのか。」
そう受け止めるようになった。
すると、不思議と読むことが以前ほど苦痛ではなくなった。
国語は、暗記だけではない。
文章を読み、自分なりに考える力を育てる教科なのだと、今になって少し理解できるようになった。
あの頃の自分に伝えたいこと
もし中学生だった頃の自分に一言だけ伝えられるなら、
「間違えることを怖がらなくていい。」
そう伝えたい。
点数だけで自分の価値が決まるわけではない。
苦手だからといって、一生苦手なままとは限らない。
苦手だったからこそ今がある
今でも国語が得意とは言えない。
難しい文章を読めば時間はかかるし、語彙不足を感じることもある。
それでも、昔のように「国語だから無理だ」と思うことは少なくなった。
ブログを書くことで、自分の考えを整理し、過去を振り返り、言葉にする習慣が身に付いた。
中学生のころ、国語が苦手だった私が、今では文章を書き続けている。
人生は本当に分からない。
苦手なことも、続けることで少しずつ得意に近づいていく。
だから今日も、自分のペースで文章を書き続けようと思う。
それが、学生時代には想像もしなかった、自分なりの成長の証なのである。


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