新宿のジムに行ったとき、初めてレッグプレスのマシンを間近で見た。
名前自体は知っていた。
脚を鍛えるためのトレーニングマシンで、座った状態から足でプレートを押す。筋トレをしている人にとっては、特別珍しいものではないのだと思う。
しかし実物を目の前にすると、想像していたものとはかなり違った。
「これがレッグプレスか」
思わず見入ってしまった。
大げさではなく、かなり感動した。
今回は筋トレの専門的な解説ではない。
新宿のジムで初めてレッグプレスを目の当たりにした日のことを、Solo Logとして残しておきたい。
新宿のジムに入った
新宿という街には何度も来ている。
駅には大量の人がいて、外へ出れば飲食店、家電量販店、オフィス、ホテルなどが並んでいる。
少し歩けば景色が次々に変わる。
そんな新宿にあるジムへ行った。
ジムという場所自体、慣れている人にとっては日常なのだろう。
受付を済ませ、着替えて、トレーニングエリアへ入る。
そこにはランニングマシンが並び、筋トレ用のマシンも置かれている。
自分の家には絶対に置けないような大きな機械が何台も並んでいる光景は、それだけでも面白い。
そして、その中で目に入ったのがレッグプレスだった。
「これがレッグプレスなのか」
最初に感じたのは、存在感だった。
想像していたより大きい。
座る場所があり、その先に足を置く大きなプレートがある。
いかにも、
「脚の力で押してください」
という形をしている。
機械の構造を見ただけでも何となく目的が分かる。
筋トレ初心者でも、
「ここに座って、ここに足を置いて、押すんだな」
とイメージできた。
もちろん実際に使用するなら、シート位置やフォーム、重量などを確認する必要がある。
しかし、そのときの自分は使い方を細かく分析するより先に、マシンそのものに興味を持ってしまった。
レッグプレスを見ながら、
「こんな機械で脚を鍛えるのか」
と思った。
写真で見るのと実物を見るのは違う
インターネットを見れば、レッグプレスの写真はいくらでも出てくる。
動画もある。
誰かがトレーニングしている映像も簡単に見られる。
だから知識としては、
「こういうマシンだ」
と知ることができる。
しかし、実物を見る体験は少し違った。
マシンの大きさ。
金属の質感。
シートの厚み。
足を置く部分。
重量を調整する仕組み。
そして、そのマシンを実際に使っている人たち。
画面で見ると単なる「筋トレ器具」だったものが、目の前に来ると急に現実になる。
これはレッグプレスに限った話ではないのかもしれない。
東京駅も写真では知っている。
高層ビルもテレビで見たことがある。
スポーツ施設もネットで見られる。
それでも、自分の足でそこまで行って、自分の目で見ると印象が変わる。
知っていることと、実際に見ることは違う。
そんな当たり前のことを、レッグプレスを見て改めて感じた。
なぜそんなに感動したのだろう
考えてみると不思議だ。
レッグプレスは機械である。
観光名所でもない。
芸術作品でもない。
普通のトレーニングマシンだ。
筋トレをしている人なら、毎週のように使っているかもしれない。
それなのに自分には新鮮だった。
理由はおそらく、
自分にとって初めてだったからだ。
誰かにとっての日常が、自分にとっては初体験になる。
この感覚は面白い。
例えば初めて一人で知らない飲食店へ入ったとき。
初めて知らない駅で降りたとき。
初めて一人で長い距離を歩いたとき。
経験してしまえば普通になる。
しかし最初の一回だけは特別だ。
レッグプレスを見たときも、それに近かった。
「自分でもやってみたい」と思った
しばらく見ていると、当然ながら次の気持ちが出てくる。
自分でもやってみたい。
見るだけだったものが、自分の行動候補に変わった瞬間だった。
筋トレというと、以前はもっと単純に考えていた。
腕立て伏せをする。
腹筋をする。
ダンベルを持つ。
走る。
それくらいのイメージだった。
しかしジムには、身体のさまざまな部分を鍛えるためのマシンが用意されている。
その一つがレッグプレスだった。
自分の脚でプレートを押す。
重量を設定する。
何回できたか記録する。
少しずつ慣れていく。
そう考えると、急に面白く感じてきた。
重量を競う必要はない
レッグプレスを見ると、どうしても「何kg」という数字が気になる。
100kg。
150kg。
200kg。
ネットを検索すれば、もっと大きな重量を扱っている人も見つかるだろう。
しかし自分が始めるなら、他人との重量比較はあまり重要ではないと思った。
大切なのは、
自分が安全に扱える範囲から始めること。
昨日より少し慣れた。
前回よりフォームが安定した。
同じ重量が少し楽になった。
そういう小さな変化を見ればいい。
ジムには自分より強い人はいくらでもいる。
そこで他人と比較し続けても終わりがない。
Solo Logらしく考えるなら、
競争相手は隣の人ではなく、過去の自分でいい。
そのくらいの距離感のほうが長く続けられそうだ。
一人でできるところもいい
レッグプレスを見て魅力を感じた理由がもう一つある。
一人で取り組みやすそうだったことだ。
誰かとチームを組む必要はない。
試合をする必要もない。
仲間と予定を合わせる必要もない。
ジムへ行く。
マシンが空いていたら使う。
終わったら帰る。
かなりシンプルだ。
もちろん、初めて使うマシンならスタッフに使い方を確認したほうがいいし、無理な重量を扱う必要もない。
しかし基本的には、自分のペースで進められる。
一人行動が好きな人間には、この仕組みは相性がいいかもしれない。
50代でも「初めて」はまだ大量にある
年齢を重ねると、
「だいたいのことは経験した」
という感覚になりやすい。
しかし実際には全然そんなことはない。
今回のレッグプレスもそうだった。
世の中には、自分がまだ触ったことのないものが大量にある。
行ったことのない街。
入ったことのない店。
使ったことのない機械。
やったことのない運動。
食べたことのない料理。
知らない仕事。
知らない趣味。
レッグプレスを初めて見たという小さな出来事から、
「まだ初体験できることはたくさんある」
と思った。
これは少しうれしい発見だった。
100回続けたらどうなるのだろう
初めて見て感動した次には、こんなことを考えた。
もしレッグプレスを始めたらどうなるのだろう。
1回。
10回。
100回。
さらに1000回。
最初はマシンを見るだけで感動していた人間が、100回通ったころには何を感じているのだろう。
おそらくレッグプレスそのものへの驚きはなくなる。
「あのマシンだ」
くらいになるだろう。
しかし、その代わりに別のものが見えてくるかもしれない。
重量の変化。
回数の変化。
脚への感覚。
ジムへ行くことへの抵抗感。
運動習慣。
そして自分自身の気持ち。
初回の感動と100回目の感覚は、おそらくまったく違う。
だから記録しておく価値がある。
小さな感動を記録するのもSolo Log
ブログの記事というと、何か大きな出来事を書かなければならない気がする。
旅行した。
大きな目標を達成した。
人生が変わった。
珍しい経験をした。
もちろん、そういう記事も面白い。
でも日常はそんな出来事ばかりではない。
今回のように、
「新宿のジムで初めてレッグプレスを見て、かなり感動した」
だけでも、自分にとっては一つの出来事だった。
数年後には忘れている可能性がある。
レッグプレスを当たり前のように使うようになれば、初めて見たときの感覚なんて思い出せないかもしれない。
だから今のうちに書いておく。
それがSolo Logの役割でもいいと思う。
まとめ|レッグプレスを見ただけなのに少し世界が広がった
新宿のジムで初めてレッグプレスを目の当たりにした。
正直、かなり感動した。
大きな出来事ではない。
人生が変わったわけでもない。
ただトレーニングマシンを一台見ただけだ。
それでも、
「こんなものがあるんだ」
「自分でもやってみたい」
と思えた。
それだけで、その日の新宿まで行った意味はあった気がする。
何歳になっても、自分が知らないものはある。
そして知らないものを実際に見ると、まだ普通に感動できる。
次は見るだけではなく、実際にレッグプレスをやってみたい。
そして最初の1回が終わったら、10回。
10回できたら100回。
いつか1000回まで続いたら面白い。
そのとき、この日のことを読み返したら、
「最初はレッグプレスを見ただけで感動していたんだな」
と笑うかもしれない。
でも、それでいい。
何かを続ける物語には、必ず最初の一日がある。
自分にとってその一日は、新宿のジムでレッグプレスを初めて目の当たりにした日だった。


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