はじめて明治通りを歩いたら、ちょっと覚えたなあって実感した

Solo Actions|ひとり行動ログ

東京に住んでいても、知らない道はまだまだ多い。

電車なら駅名を見れば目的地まで行けるし、スマホの地図を使えば、初めての場所でもそれほど迷わず到着できる。

でも、それだけでは街を「知っている」という感覚にはなかなかならない。

今回、はじめて明治通りを歩いてみた。

何か特別なイベントがあったわけではない。

ただ歩いただけだ。

それなのに歩き終わってから、

「明治通り、ちょっと覚えたなあ」

という感覚が残った。

今回は、はじめて明治通りを歩いて感じたことを、ひとり歩きの記録として残しておこうと思う。

1.明治通りは知っていた。でも歩いたことはなかった

「明治通り」という名前自体は以前から知っていた。

東京で生活していれば、道路標識や地図、バスの案内などで目にする機会もある。

ただ、名前を知っていることと、実際にその道を歩いたことはまったく違う。

地図で見る明治通りは一本の線だ。

ところが実際に歩いてみると、信号があり、交差点があり、店があり、住宅があり、人が歩いている。

車の多い場所もあれば、意外と淡々と歩ける場所もある。

「ああ、ここが明治通りなのか」

そんなことを考えながら歩いた。

最初は知らない道だったのに、しばらく歩いていると少しずつ景色に慣れてくる。

それが面白かった。

2.徒歩だと街の位置関係が分かってくる

電車で移動すると、駅と駅の間はほとんど見えない。

ある駅で乗って、次の駅で降りる。

便利なのだが、地上で街がどうつながっているのかは分かりにくい。

徒歩の場合は逆だ。

一歩ずつ移動するので、

「この道をまっすぐ行くと、ここにつながるのか」

「この交差点は、この方向だったのか」

といった発見がある。

一つひとつは小さな発見だが、それが積み重なると頭の中に街の地図ができてくる。

今回、明治通りを歩いて感じた「ちょっと覚えた」という感覚も、たぶんこれだった。

道の名前を暗記したわけではない。

交差点を全部覚えたわけでもない。

それでも以前より、自分の中で明治通りが具体的な道路になった。

3.「知っている」と「歩いたことがある」は違う

これは東京に引っ越してから何度か感じている。

Googleマップで何度も見ている場所でも、実際に歩くと印象が違う。

距離感もそうだ。

地図では近く見えたのに、歩くと意外に遠いことがある。

反対に、

「ここからここまで歩くのは大変そうだ」

と思っていたのに、実際には普通に歩けることもある。

坂道なのか。

信号が多いのか。

歩道は広いのか。

途中に休めそうな場所はあるのか。

こうした情報は、実際に歩いて初めて分かる。

一度歩いた道なら、次に地図を見たときの理解度も違う。

「あそこね」

と思える場所が一つ増える。

それだけでも、自分の行動範囲が少し広がった気がする。

4.明治通りを全部覚えたわけではない

もちろん、今回一度歩いただけで明治通りを全部理解したわけではない。

むしろ知らない場所の方が圧倒的に多い。

だから「明治通りを覚えた」と言ってしまうと大げさだ。

自分の感覚として一番近い表現は、

「ちょっと覚えたなあ」

だった。

この「ちょっと」が大事なのかもしれない。

知らない東京を一気に全部覚える必要はない。

今日、一つの道路を少し覚える。

別の日には、違う道路を歩いてみる。

そうやって少しずつ知っている場所を増やしていけばいい。

5.大通りを歩くと方向感覚を作りやすい

東京を歩いていると、大きな道路が自分の位置を確認する目印になることがある。

細い道を適当に歩いていると、

「いま、どっちを向いているんだ?」

となることがある。

でも、知っている大通りに出ると安心する。

明治通りも、自分にとってそんな道路の一つになりそうだ。

一度歩いたことで、

「明治通りに出れば、だいたいこの方向」

という感覚が少しできた。

完璧ではない。

それでもゼロよりはかなりいい。

東京の道路を少しずつ覚えていけば、スマホの地図を見る回数も少し減っていくかもしれない。

6.歩くこと自体が街の勉強になる

徒歩の面白いところは、移動そのものが経験になることだと思う。

電車なら目的地へ早く着くことが一番重要になる。

徒歩の場合は、途中にも意味がある。

知らない店を見つける。

知らない交差点を通る。

「ここにつながっていたのか」と気づく。

以前歩いた道に突然出る。

こうした小さな発見がある。

今回も、目的地に到着することだけを考えていたら、「明治通りを覚えた」という感覚は残らなかったかもしれない。

自分の足で移動したから、道そのものが記憶に残った。

7.二回目に歩いたら、たぶんもっと近く感じる

初めて歩く道は長く感じやすい。

「まだ着かないのかな」

と思いながら歩くからだ。

どこまで続くのか分からないことも、距離を長く感じさせる。

しかし一度歩いた道なら、

「この先にあの交差点がある」

「もう少し行けば見覚えのある場所だ」

と予想できる。

そのため、同じ距離でも二回目は短く感じることがある。

明治通りも次に歩いたときには、今回とは違って見えるはずだ。

初めての道ではなく、

「前にも歩いた道」

になる。

この変化は小さいようで、自分にとっては結構大きい。

8.東京が少しずつ自分の街になっていく

東京は広い。

当然、一人ですべての道を歩くことはできない。

それでも、自分が実際に歩いた場所が増えていくと、東京に対する感覚は変わってくる。

最初は駅だけが点として存在していた。

そこに徒歩で移動した経験が加わると、点と点の間に線ができる。

さらに別の道を歩けば、その線同士がつながっていく。

自分の中に少しずつ東京の地図ができていくような感覚だ。

明治通りを一度歩いただけで、大げさかもしれない。

でも、

「この辺、前より分かる」

と思える場所が増えるのは、ちょっと嬉しい。

9.知らない道を歩くことが小さな挑戦になっている

最近、徒歩でいろいろな場所へ行くこと自体が、一つの小さな挑戦になっている。

有名な観光地へ行く必要はない。

知らない道路を一本歩くだけでもいい。

目的地まで電車なら簡単に行けるところを、あえて歩いてみる。

途中で疲れることもある。

道を間違えることもある。

「電車にすればよかった」と思う瞬間もある。

それでも歩き終わると、その場所について一つ詳しくなっている。

これは徒歩移動ならではの面白さだと思う。

10.次は別の大通りも歩いてみたい

明治通りを歩いたことで、別の道路にも興味が出てきた。

東京には、中野通り、環七通り、山手通りなど、名前を聞いたことのある大きな道路がたくさんある。

全部を一度に覚える必要はない。

今日は明治通り。

次は別の道。

それを繰り返していけばいい。

いつか、

「この道ならだいたい分かる」

と言える道路が何本もできたら面白い。

まとめ|「ちょっと覚えた」が嬉しかった

はじめて明治通りを歩いた。

それだけの話なのだが、歩き終わった後に、

「明治通り、ちょっと覚えたなあ」

という実感があった。

地図を見るだけでは得られなかった感覚だった。

自分の足で歩き、交差点を渡り、周囲の景色を見ながら進んだことで、ただの道路名だった明治通りが、自分の経験した場所に変わった。

全部覚えなくてもいい。

一回歩けば、一回分だけ詳しくなる。

二回歩けば、もっと分かるようになる。

東京のような大きな街でも、そんな小さな経験を積み重ねていけば、少しずつ「知っている街」になっていくのかもしれない。

知らない道を一本歩く。それだけでも、自分の中の地図は少し広がる。

今回の明治通り歩きでは、それを実感した。

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