休日なのに、予定がなかった。
誰かと会う約束もない。買い物をする必要もない。映画を観たいわけでもない。
家にいれば、お金も使わないし疲れもしない。それなのに昼近くになると、なぜか部屋にずっといるのがもったいなく感じてきた。
「とりあえず東京駅まで行ってみるか」
本当に、それだけだった。
東京駅に用事はない。
何かを買う予定もない。
ただ東京駅まで行って、少し歩いて、帰ってくる。
そんな意味のない休日を一度やってみようと思った。
目的がないのに電車に乗る
普段、電車に乗るときには目的がある。
仕事へ行く。
買い物へ行く。
誰かに会う。
病院へ行く。
何かしら「行かなければならない場所」がある。
でも、この日は違った。
東京駅へ行く理由がない。
時間まで決まっていないので、急ぐ必要もない。
駅まで歩きながら、
「俺、何しに行くんだろう」
と自分でも少し笑ってしまった。
それでも電車に乗った。
目的がないからなのか、いつもより周りがよく見えた。
スマホを見ている人。
眠っている人。
買い物袋を持った人。
家族で出かけている人。
みんな何か目的があって移動しているように見える。
その中で、自分だけは東京駅に着いた後の予定が完全に空白だった。
不思議な感じだった。
東京駅に到着
東京駅に着いた。
人が多い。
旅行へ行く人、地方から東京へ来た人、スーツ姿の会社員、家族連れ。
大きな荷物を引いて歩いている人もいる。
新幹線に乗る人もいるのだろう。
みんな忙しそうに歩いている。
その中を自分も歩いた。
しかし、自分には目的地がない。
案内板を見ても、行きたい場所がない。
「さて、どうするか」
東京駅まで来てから考えた。
とりあえず外に出てみることにした。
東京駅を眺める
外へ出ると、東京駅の建物が見えた。
何度見ても大きい。
東京を代表する場所の一つなのに、普段は乗り換えや移動の途中として通過してしまう。
この日は時間があった。
だから少し立ち止まって眺めた。
写真を撮っている人がいる。
観光客らしい人たちが楽しそうに話している。
自分も写真を撮ろうかと思った。
でも、やめた。
今日は何もしないために来たのだから、写真すら撮らなくてもいい。
東京駅の前で、ただ立っていた。
数分すると、それにも飽きた。
丸の内を少し歩いた
せっかく来たので周辺を歩くことにした。
ただし目的地は決めない。
気になった方向へ歩くだけ。
大きなビルが並んでいる。
きれいな道路。
高そうな店。
休日を楽しんでいる人たち。
東京の中心にいるという感じがする。
少し歩きながら思った。
東京に住んでいると、こういう場所へ特別な旅行をしなくても来られる。
電車に乗ればいい。
これは意外とぜいたくなことなのかもしれない。
以前なら東京駅は「東京へ行ったときに見る場所」だった。
今は休日に、
「暇だから東京駅でも行くか」
と思える。
自分の生活も変わったものだと思った。
結局、何も買わなかった
途中で飲食店を何軒か見た。
せっかくだから何か食べようか。
コーヒーくらい飲もうか。
そんなことも考えた。
でも、それほどお腹は空いていなかった。
無理にお金を使う必要もない。
店の前を通り過ぎた。
コンビニにも入らなかった。
お土産も買わない。
服も買わない。
本も買わない。
結局、本当に何もしなかった。
東京駅まで来たのだから何かしなければ、という気持ちも少しあった。
でも、考えてみればおかしな話だ。
遠くまで来たら何か買わなければならない、何か食べなければならない、何か思い出を作らなければならない。
そんな決まりはない。
来ただけでもいい。
ベンチで少し休む
歩き疲れて少し休んだ。
人が次々と目の前を通っていく。
東京は本当に人が多い。
何千人、何万人という人が、それぞれ別の人生を生きている。
仕事で成功している人もいるだろう。
失恋したばかりの人もいるかもしれない。
これから旅行へ行く人もいる。
仕事を辞めようか悩んでいる人もいるかもしれない。
外から見ただけでは何も分からない。
自分もその中の一人だった。
誰から見ても、東京駅周辺を歩いている普通の一人客にしか見えない。
でも自分の頭の中では、昔のことやこれからの人生のことをいろいろ考えていた。
一人で歩いていると、こういう時間が増える。
「帰るか」
しばらくして、
「もういいかな」
と思った。
時計を確認する。
まだ帰らなければならない時間ではない。
もっと歩いてもいい。
どこかへ寄ってもいい。
でも、帰ることにした。
東京駅まで来て、何もせず帰る。
予定通りだ。
再び駅の中へ入った。
帰りの電車に乗る。
座席に座った瞬間、少し疲れていることに気づいた。
何もしていないはずなのに、結構歩いた。
何もしなかったのに悪くなかった
帰りの電車で今日一日を振り返った。
東京駅へ行った。
歩いた。
東京駅を見た。
そして帰った。
文章にすると、それだけだ。
何か特別な出来事が起きたわけではない。
誰かと知り合ったわけでもない。
高級な料理を食べたわけでもない。
買い物もしなかった。
SNSに投稿するような出来事もない。
それでも、不思議と「無駄な一日だった」という感じはしなかった。
家でずっとスマホを見ていた休日とは少し違う。
外へ出て、自分の足で歩いて、街を見た。
それだけで頭の中が少し切り替わった。
一人だからできる休日
誰かと一緒だったら、
「次どこ行く?」
という話になるだろう。
せっかく東京駅まで来たなら、ランチを食べよう、買い物をしよう、観光しようとなるかもしれない。
一人なら、その必要がない。
東京駅まで行って、何もしないで帰っても誰にも文句を言われない。
途中で予定を変えてもいい。
疲れたら帰ればいい。
面白くなければ別の駅へ行ってもいい。
この自由さは、一人行動のいいところだと思う。
目的のない外出も悪くない
大人になると、行動には目的を求めがちだ。
仕事のため。
健康のため。
お金のため。
勉強のため。
何かの役に立つことをしようとする。
でも、全部の時間に意味が必要なのだろうか。
意味のない散歩。
意味のない電車移動。
意味のない寄り道。
そういう時間があってもいい。
むしろ何も決めていないからこそ、普段考えないことを考えられる場合もある。
家に帰ってきた
家に着いた。
ドアを開ける。
いつもの部屋だった。
東京駅まで行ったからといって、自分の人生が変わったわけではない。
明日になれば、また普通の日常が始まる。
それでも今日は、部屋に閉じこもっていた一日とは少し違った。
東京駅まで行って何もしないで帰った。
たったそれだけ。
でも、こういう休日を自分は意外と嫌いではない。
何かを達成しなくてもいい。
何かを買わなくてもいい。
誰かと会わなくてもいい。
「今日はどこかへ行った」
それだけで十分な日もある。
次の休日も予定がなかったら、また電車に乗ってみようと思う。
今度は東京駅ではなく、降りたことのない駅でもいい。
そしてそこでも、何もしないかもしれない。
それでいい。
一人の休日なのだから。


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