今日は土曜日だった。
仕事は休み。
朝から急いで出かける予定もない。
平日なら時計を何度も確認する。
何時に家を出るのか。
電車は何分なのか。
遅刻しないか。
そんなことを考える。
しかし今日は土曜日だ。
本来なら、少しゆっくりできる日だった。
それなのに、朝から頭の中に一つの数字があった。
20万円。
私は今日、消費者金融から20万円を借りようか悩んでいた。
まだ借りてはいない。
申し込みボタンを押したわけでもない。
ただ、スマートフォンやパソコンで情報を見ながら考えていた。
借りるべきか。
やめるべきか。
20万円。
大金と言えば大金だ。
しかし人生が終わるような金額でもない。
働いていれば返せるようにも思える。
この「返せそう」という感覚が、逆に私を迷わせていた。
20万円という金額は微妙だった
もし必要な金額が200万円だったら、私はもっと真剣に考えたと思う。
200万円を消費者金融から借りる。
私なら怖い。
簡単には決断できない。
逆に2万円ならどうだろう。
給料日まで少し足りない。
一時的に借りる。
すぐ返す。
そんな考え方をしていたかもしれない。
しかし20万円だった。
私にとって非常に微妙な金額だ。
頑張れば返せそう。
毎月少しずつ返せばいい。
2年くらいで返せるのではないか。
そんな計算をする。
しかし20万円は、財布に入っている数千円とは違う。
借りた瞬間から返済が始まる。
利息もある。
今日20万円が手に入ったからといって、自分のお金が20万円増えたわけではない。
未来の自分から20万円以上のお金を持ってくる。
そんな感覚に近いのかもしれない。
私はパソコンの画面を見ながら考えていた。
未来の自分は、本当に返してくれるのだろうか。
土曜日だから余計に考えてしまった
平日は仕事がある。
朝起きる。
準備する。
電車に乗る。
仕事をする。
昼休み。
午後の仕事。
帰宅。
一日は意外と早く終わる。
お金のことを考えていても、仕事中は別のことに集中する時間がある。
しかし休日は違う。
時間がある。
考える時間がある。
そしてスマートフォンもある。
検索すれば、すぐに情報が出てくる。
「20万円 借りる」
「20万円 金利」
「20万円 返済」
「20万円 2年」
私は似たような言葉を何度も見ていた。
検索するたびに、いろいろな情報が出てくる。
最短。
即日。
審査。
無利息期間。
返済シミュレーション。
便利な言葉が並んでいる。
もちろん金融会社が悪いわけではない。
お金を借りるサービスなのだから、借りたい人に分かりやすく説明する。
それは当然だ。
問題は私自身だった。
私は本当に20万円が必要なのか。
それとも20万円があれば安心すると思っているだけなのか。
そこが自分でもよく分からなかった。
「借りられる」と「借りるべき」は違う
私は以前からクレジットカードや銀行、消費者金融について調べることがある。
年収。
審査。
借入可能額。
金利。
返済期間。
数字を見ていると、だんだんゲームのような感覚になることがある。
自分はいくら借りられるのか。
審査に通るのか。
どこが一番得なのか。
しかし今日、少し違うことを考えた。
借りられるかどうかと、借りるべきかどうかは別の問題だ。
仮に審査に通る。
20万円が振り込まれる。
それは金融会社が、
「あなたは20万円を使っていいですよ」
と言っているわけではない。
返済能力などを基準に、契約上貸せると判断しただけだ。
使い道を決めるのは自分。
返すのも自分。
借りた後の生活をするのも自分だ。
当たり前の話なのだが、借りようと考えているときは忘れそうになる。
「審査に通るかな」
そこばかり考える。
本当はその前に、
「私は借りる必要があるのか」
を考えなければならない。
20万円が口座に入った場面を想像した
私は少し想像してみた。
今日申し込む。
審査に通る。
口座に20万円が入る。
銀行アプリの残高が増える。
たぶん安心すると思う。
数字が増えるからだ。
人間は口座残高を見ると安心する。
少なくとも私はそうだ。
残高が少ないと不安になる。
増えると少し安心する。
しかし、その20万円の横には「借金」と表示されない。
自分の預金と借りたお金が同じ残高として見える。
ここが少し怖い。
20万円入った。
すると私は、
「少しくらい使っても大丈夫か」
と思うかもしれない。
最初は必要な支払いだけ。
次に少し便利なもの。
その次に食事。
気づいたら残高が減る。
借りた理由が曖昧なら、使い道も曖昧になる。
私は自分の性格を考えた。
20万円を借りた瞬間から、完全に別口座へ移し、必要な目的だけに使えるだろうか。
正直、少し自信がなかった。
毎月1万円なら返せそうと思った
20万円。
毎月1万円。
単純に考えれば20か月。
もちろん利息があるので、実際はそれ以上になる。
それでも私は、
「月1万円なら何とかなるのではないか」
と思った。
この考え方も危ないのかもしれない。
月1万円。
一日で考えると約300円。
コンビニで少し買い物をすれば使う金額だ。
そう考えると小さく見える。
しかし毎月だ。
来月も。
再来月も。
半年後も。
一年後も。
私は今の自分だけで考えている。
今の仕事。
今の収入。
今の生活。
だが一年後の私は何をしているのだろう。
同じ仕事をしている保証はない。
収入が増えているかもしれない。
逆に減っているかもしれない。
急な出費があるかもしれない。
体調を崩すかもしれない。
未来は分からない。
借金は未来が分からなくても返済日が来る。
その事実を考えると、月1万円という数字が少し重く見えた。
私は20万円ではなく「安心」を借りたいのかもしれない
午後になっても私は考えていた。
そして、ふと思った。
私は20万円で何か大きな物を買いたいわけではない。
高級時計が欲しいわけでもない。
旅行に行きたいわけでもない。
ギャンブルに使いたいわけでもない。
では、なぜ借りたいのか。
もしかすると私は、
「安心」
が欲しかったのかもしれない。
口座に20万円ある。
何かあっても大丈夫。
今月少し足りなくても大丈夫。
そんな安心感だ。
しかし借りた20万円で得る安心は、本当の安心なのだろうか。
残高は増える。
同時に返済義務も増える。
今日の不安を小さくして、来月以降に少しずつ不安を移動する。
そんな方法にも見える。
もちろん、借入が必要な状況はある。
急な支払い。
生活上の事情。
どうしても必要な出費。
お金を借りること自体を私は否定しない。
金融サービスがあることで助かる人もいる。
ただ今日の私の場合、
「本当に今日20万円必要なのか」
と聞かれると、すぐに「はい」と答えられなかった。
その迷いがある状態で申し込むのは、少し違う気がした。
土曜日の夕方になっても申し込まなかった
夕方になった。
外は少し暗くなっていた。
私は結局、申し込みをしていなかった。
何度も調べた。
金利も見た。
返済例も見た。
どこから借りると得なのかも考えた。
しかし最後のボタンを押さなかった。
別に、
「絶対に借金はしない」
と決意したわけではない。
明日になったら考えが変わるかもしれない。
本当に必要になれば借りる可能性もある。
ただ今日は借りなかった。
それだけだ。
私は最近、自分の人生で大きなことを考えることがある。
事業。
サイト。
AI。
将来。
世界一。
大きな数字を考える。
1000万円。
1億円。
100億円。
時価総額。
そんな数字について考えている私が、今日は20万円で悩んでいた。
少し不思議だった。
しかし現実の生活では、20万円は大きい。
未来の構想では何兆円という数字を考えても、今日の口座残高は現実だ。
夢と現実。
その間で私は生活している。
今日の結論は「一晩置く」だった
私は今日、20万円を借りるかどうか決めなかった。
結論を出さないことを結論にした。
一晩置く。
明日もう一度考える。
20万円が必要な理由を書く。
何に使うのか。
いつ使うのか。
毎月いくら返すのか。
収入が減った場合はどうするのか。
他の方法はないのか。
それを書いてから考える。
今日の私は少し焦っていたのかもしれない。
お金の不安があると、早く解決したくなる。
申し込む。
振り込まれる。
残高が増える。
それなら数時間で不安が消えるように見える。
しかし本当に消えるのか。
私はまだ分からない。
今日は土曜日だった。
仕事は休み。
本来ならゆっくりする日だった。
しかし私は一人でパソコンを見ながら、20万円について何時間も考えていた。
借りるか。
借りないか。
得なのはどこか。
2年で返せるか。
何度も同じことを考えた。
そして結局、今日は借りなかった。
この判断が正しいのかは分からない。
明日の私が申し込む可能性もある。
それでも、迷っている状態でボタンを押さなかったことだけは記録しておこうと思う。
20万円を借りることより。
20万円を借りようと何時間も悩んでいた自分のほうが、今日の私にとっては大きな出来事だった。
土曜日。
一人の部屋。
パソコンの画面。
そして20万円という数字。
今日はそんな一日だった。


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