はじめに
東京には有名な場所がたくさんある。
新宿。
渋谷。
池袋。
浅草。
観光客で賑わう場所はいくらでもある。
しかし私がその日歩いていたのは、そんな場所ではなかった。
哲学堂公園だった。
中野区にある静かな公園である。
50代になってから、こういう場所が少し好きになった。
若い頃なら退屈に感じていたかもしれない。
しかし今は違う。
静かな場所ほど落ち着く。
考え事ができる。
自分と向き合える。
その日も私は一人で哲学堂公園を歩いていた。
哲学堂公園という不思議な場所
最初に名前を聞いた時は少し驚いた。
哲学堂。
なかなか強い名前である。
遊園地でもない。
ショッピングモールでもない。
哲学である。
正直に言えば、
「どんな場所なんだろう」
と思った。
実際に歩いてみると、普通の公園とは少し違った。
静かだった。
落ち着いていた。
そしてどこか考えたくなる雰囲気があった。
木々の間を風が通る。
ベンチに座っている人がいる。
散歩している人もいる。
しかし騒がしさはない。
まるで時間の流れだけが少し遅くなったような空間だった。
一人で歩くという贅沢
私は一人で歩いた。
誰かと一緒でも良いのだろう。
しかし哲学堂公園は一人が似合う気がする。
誰かと話しながら歩くよりも、
自分の考えを整理しながら歩く方が合う。
50代になると考えることも増える。
仕事。
お金。
健康。
老後。
人生。
若い頃には考えなかったテーマばかりだ。
20代の頃は未来しか見ていなかった。
30代は仕事に追われた。
40代は現実に向き合った。
そして50代になり、人生全体を見るようになった。
哲学堂公園を歩きながら、そんな変化を感じていた。
50代という中途半端な年齢
50代は不思議な年齢だ。
若者ではない。
しかし老人でもない。
可能性もある。
不安もある。
体力は落ちる。
経験は増える。
だから考える。
残りの人生をどう生きるのか。
何を目指すのか。
何を諦めるのか。
哲学堂公園を歩きながら、そんなことを考えていた。
若い頃は無限に時間があると思っていた。
しかし今は違う。
時間には限りがあることを知っている。
だからこそ、一日一日の価値を考えるようになった。
群馬から東京へ来たこと
私は群馬から東京へ来た。
若い頃ではない。
50代になってからだった。
振り返れば大胆な決断だったと思う。
普通なら安定を選ぶ年齢かもしれない。
しかし私は動いた。
東京へ来た。
今でも正解だったかは分からない。
人生は答え合わせが難しい。
ただ一つ言えるのは、動かなければ見えなかった景色があったということだ。
中野区に住み、
新宿を歩き、
豊洲へ通い、
哲学堂公園を散歩している。
そんな生活は群馬にいた頃には想像していなかった。
人生は本当に分からない。
人生は分岐の連続
哲学堂公園を歩いていると、人生を考える。
人は選択の連続で生きている。
進学。
就職。
転職。
恋愛。
結婚。
引っ越し。
挑戦。
撤退。
その積み重ねで人生は出来ている。
もし違う選択をしていたら。
そんなことを考える日もある。
しかし答えは出ない。
だから前を見るしかない。
過去を変えることはできない。
しかし未来は変えられる。
50代になった今でも、それは同じだと思う。
孤独について
私は一人でいる時間が多い。
昔は孤独を悪いものだと思っていた。
しかし最近は少し違う。
孤独には価値がある。
考える時間がある。
焦らなくて済む。
他人と比較しなくて済む。
もちろん寂しい日もある。
だが孤独だけが悪者ではない。
哲学堂公園を歩きながら、そんなことを思った。
周囲を見ると、一人で散歩している人も多かった。
年齢も様々だった。
みんなそれぞれの人生を生きている。
そう考えると、不思議と気持ちが楽になった。
世界一になりたいという話
私は昔から大きなことを考える癖がある。
世界一。
成功。
大きな事業。
財閥。
普通に考えれば無謀かもしれない。
しかし夢は自由だ。
誰にも止められない。
哲学堂公園の静かな空気の中で考えた。
50代からでも挑戦できるのか。
遅すぎるのか。
答えは分からない。
ただ挑戦しない理由にはならないと思った。
成功するかどうかは分からない。
しかし何もしなければ何も変わらない。
それだけは確かだ。
歩くと考えが整理される
歩くと考えが整理される。
不思議なものだ。
家で考えるより整理される。
カフェより整理される。
歩くリズムが脳に良いのかもしれない。
哲学堂公園は特にそうだった。
木々がある。
風がある。
鳥の声が聞こえる。
都会の中なのに少し静かだ。
だから考えやすい。
スマホを見る時間も減る。
SNSも忘れる。
ただ歩く。
それだけなのに頭の中が整理されていく。
老後について
50代になると老後という言葉が現実になる。
まだ先だと思っていた。
しかし遠くない。
何歳まで働くのか。
どこで暮らすのか。
何を楽しみに生きるのか。
お金は足りるのか。
考え始めるときりがない。
しかし不安だけ考えても意味がない。
今を積み上げるしかない。
そう思った。
老後の不安を消す方法は一つではない。
お金だけでもない。
健康だけでもない。
人とのつながり。
趣味。
生きがい。
そういうものも必要なのだろう。
小さな幸せ
哲学堂公園で感じたことがある。
人生は大きな成功だけではない。
静かな公園を歩く。
天気が良い。
体が動く。
考える時間がある。
そういう小さなことも幸せなのだと思う。
若い頃は気づかなかった。
今だから分かる。
成功だけを追いかけていると見落とすものがある。
そのことを少し学んだ気がした。
おわりに
哲学堂公園を歩いた日。
特別な出来事があったわけではない。
有名人に会ったわけでもない。
大金を手に入れたわけでもない。
しかし良い時間だった。
50代になった今だからこそ感じることがあった。
人生はまだ終わっていない。
悩みもある。
不安もある。
やりたいこともある。
だから歩く。
考える。
また前へ進む。
哲学堂公園を後にする頃、私は少しだけ気持ちが軽くなっていた。
答えは出なかった。
しかし答えを探し続けようと思った。
それだけでも、その日歩いた価値はあったのだと思う。


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